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買い手と売り手が一緒に作った欲望 [アメリカ合衆国某州番外編]
まずは、アメリカ人の太り過ぎ。
たびたび触れていますが、BMI(体重÷身長の二乗)指数で、人口の三分の一が「太り過ぎ」。それも10年前には十分の一。現在当然、世界ダントツ、日本の10倍という急激な極端さ。
で、ダイエット・ノウハウ。
恥ずかしながら、当Blog亭主も「油抜き」「リンゴ夕食」「キャベツサラダ夕食」「断食」など度々試していますが、なかなか効果が出ても持続しない・・・。
で、当Blog亭主は未経験ながら、ダイエット食品。
でも「うまいはずはない」でしょう。
ならば・・・と・・・








(2010年2月4日自宅テレビ画面にて筆者撮影)
アメフトの殿堂入りした選手、伝説のスポーツキャスター、伝説のラインバッカー、と解説、ビフォア、アフター、のオンパレード。
日本ならさしずめ、名球会入りしている人、大相撲の親方、オリンピックの金メダリストなどの「あの人」みたいな方々なのでしょう。
かつての「スポーツ界のヒーロー」が、老いて(ま、加齢はこの際別として)一旦は「何十キロも太った」けれど・・・といったビフォー・・・
で、このノウハウ、この食品のお陰で(個人差はあります)・・・といったアフター。
出る方も「久々のテレビ登場だから、さぞ頑張って減量に励んだ」ことでしょうが、かつてのあこがれの人が「試して」喜んでいる、というのは実に共感でき、信頼でき、説得力がある。
かつての自分の身体、過食への欲望、弱い意志、かつてのあこがれの人( hiro )、効果の実感、あこがれの人と今回は(!)簡単に(!!)「同一化」できる可能性の提示・・・
ま、買い手の気持ち、状況と、売り手の創意、工夫、試行錯誤が、かくも巧妙な形をとってここに出現したのでした。
それにしても「加工食品」をスーパーマーケットに並べて、テレビでCMをすれば、飛ぶように売れた、半世紀前と、はたして、かくも変わった、というべきなのでしょうか。それとも、何も肝心なカラクリは変わっていない、と見るべきなのでしょうか。
たびたび触れていますが、BMI(体重÷身長の二乗)指数で、人口の三分の一が「太り過ぎ」。それも10年前には十分の一。現在当然、世界ダントツ、日本の10倍という急激な極端さ。
で、ダイエット・ノウハウ。
恥ずかしながら、当Blog亭主も「油抜き」「リンゴ夕食」「キャベツサラダ夕食」「断食」など度々試していますが、なかなか効果が出ても持続しない・・・。
で、当Blog亭主は未経験ながら、ダイエット食品。
でも「うまいはずはない」でしょう。
ならば・・・と・・・








(2010年2月4日自宅テレビ画面にて筆者撮影)
アメフトの殿堂入りした選手、伝説のスポーツキャスター、伝説のラインバッカー、と解説、ビフォア、アフター、のオンパレード。
日本ならさしずめ、名球会入りしている人、大相撲の親方、オリンピックの金メダリストなどの「あの人」みたいな方々なのでしょう。
かつての「スポーツ界のヒーロー」が、老いて(ま、加齢はこの際別として)一旦は「何十キロも太った」けれど・・・といったビフォー・・・
で、このノウハウ、この食品のお陰で(個人差はあります)・・・といったアフター。
出る方も「久々のテレビ登場だから、さぞ頑張って減量に励んだ」ことでしょうが、かつてのあこがれの人が「試して」喜んでいる、というのは実に共感でき、信頼でき、説得力がある。
かつての自分の身体、過食への欲望、弱い意志、かつてのあこがれの人( hiro )、効果の実感、あこがれの人と今回は(!)簡単に(!!)「同一化」できる可能性の提示・・・
ま、買い手の気持ち、状況と、売り手の創意、工夫、試行錯誤が、かくも巧妙な形をとってここに出現したのでした。
それにしても「加工食品」をスーパーマーケットに並べて、テレビでCMをすれば、飛ぶように売れた、半世紀前と、はたして、かくも変わった、というべきなのでしょうか。それとも、何も肝心なカラクリは変わっていない、と見るべきなのでしょうか。
韓流2つ目の自動車ブランド・イメージ広告 [アメリカ合衆国某州番外編]
日本では、輸入車はドイツ車以外は「ふるわない」。
でも、アメリカは、もちろんフォード以来の「お家芸」ながら、ドイツ車も日本車も韓国車も、みなウエルカム。
で、日本では(ヒュンダイにもまして)見掛けないこの Kia (起亜)もけっこう走っているのを見掛けます。






(2010年2月1日自宅テレビ画面から筆者撮影)
とはいえ、外国車、大衆車、廉価版からの参入なこともあって、ブランド・イメージはまだまだのようなハンデをお感じなのでしょう。
アメリカ国内で「生産拠点を持っています」「その場所はあの陸軍士官学校のニューヨーク州のそれではないですが、ジョージア州ウエスト・ポイントにあります」(この地名はアメリカ人には、なかなかの重み)「子どもが工場の立派さに驚いています」「アメリカで作られ、アメリカ社会に受け入れられている Kia をどうぞよろしく」と。
そんなメッセージも、このトヨタ叩きの昨今、また違うように聞こえるのでした。
当Blog亭主の子どもの通う中学の同級生さえも、ことが起きる以前には「トヨタはアメリカの会社だろ」みたいな姿勢だったのが、ことの以降、授業で話が出る際には( CNN Student News 、インターネット配信を見るそうです)、皆さん、うちの子どもの顔を見るそうな・・・。
早くこの件が終息しますように祈ります。
でも、アメリカは、もちろんフォード以来の「お家芸」ながら、ドイツ車も日本車も韓国車も、みなウエルカム。
で、日本では(ヒュンダイにもまして)見掛けないこの Kia (起亜)もけっこう走っているのを見掛けます。






(2010年2月1日自宅テレビ画面から筆者撮影)
とはいえ、外国車、大衆車、廉価版からの参入なこともあって、ブランド・イメージはまだまだのようなハンデをお感じなのでしょう。
アメリカ国内で「生産拠点を持っています」「その場所はあの陸軍士官学校のニューヨーク州のそれではないですが、ジョージア州ウエスト・ポイントにあります」(この地名はアメリカ人には、なかなかの重み)「子どもが工場の立派さに驚いています」「アメリカで作られ、アメリカ社会に受け入れられている Kia をどうぞよろしく」と。
そんなメッセージも、このトヨタ叩きの昨今、また違うように聞こえるのでした。
当Blog亭主の子どもの通う中学の同級生さえも、ことが起きる以前には「トヨタはアメリカの会社だろ」みたいな姿勢だったのが、ことの以降、授業で話が出る際には( CNN Student News 、インターネット配信を見るそうです)、皆さん、うちの子どもの顔を見るそうな・・・。
早くこの件が終息しますように祈ります。
楽しみは変わっていない? [アメリカ合衆国某州番外編]
確かめようがないとは思いながらも、英語で世界的に最も「馴染みの言葉がOK」、で「二番目がCoca-cola」と書かれた(軽めの言い方で)ものを読んだ。そのくらい「アメリカ化」とコカコーラは結びついている、という言い方なのでしょう。
50年代か60年代の雑誌広告がアンティーク・ショップで「売られています」。
ま、アンティークとは何か、と考えれば、こんな「ガラクタ」「ゴミ」がそうか、とも思いますが、でも「売れる」と思う人と「買いたい」と思う人が居るから、こうして「あまたの雑誌広告にもましてコカコーラの雑誌広告は商品になって」ここにあるのでしょう。

(2010年1月10日ミズーリ州某所のアンティークショップにて筆者撮影)
髪型や着てるものは、時代を感じさせずにはいられませんが、何だか今も「うけそう」に思うのでした。
テープレコーダーがハイテク、楽器が出来るのは楽しいこと。
今ならさしずめ Wii か PS3 あるいはPCで「ゲーム」や「作曲」また「演奏」なのでしょうか。自分たちの声をアレンジして、といったこともありえるでしょうが、要は「変わらぬ楽しみ」が描かれています。
(同上)
ちょうど同じころ、日本でも加山雄三さんの「若大将」がヨットでコーラ、のCMをなさっておられましたが、あれは、これの同音異曲だったのでした。
slice of life というにはあまりにも「ハイソ」。
若者が「ヨットで」というのは、今も昔も「贅沢な遊び」であることは間違いない。
今も「あり」と思うのでした。

(同上)
もう少し、年齢が落ち着いた世代でしょうか。
気候がやや寒くとも、野外でお食事。英語のピクニックは「戸外食事」。どこか高原や丘を「歩くこと」ではありません。
同じものでも戸外、屋外で食べるとそれだけで美味しい。原始以来の記憶がそう感じさせるような気が致します。
で、こう見れば、「何も人は半世紀の間変わっていない」だから「同種の魅力を広告やマーケティングで(小道具の進歩はあるとしても)謳うこと」は「あり」ではないか、と思う見方がひとつ。
いやいや、時代が下るにつれて、時間的なプレッシャーや子ども同士の遊びも「もっと独り遊びが増えている」し、友人との遊びも「小人数化」している。だからこそ、こういう絵は手の届かない「もっともっと(非日常的な)楽しさ」として魅力を増しているのじゃないか、とも思う。
方や、いやいや、テープレコーダーやヨット、ピクニックくらいじゃ、だれももう驚かず、目も行かない。それ自体の魅力は陳腐化している、という見方もまた「あり」える。
はてさて、ほんの少しの差異を「ライフスタイルの提案」と言っていた人口増加社会、「若者文化先行指標」観、は、今どのような観点で見直されるべきなのでしょうか。
そもそも「ライフスタイルの提案」といった広告を「感じな」くなって久しいのは、当Blog亭主が老いたのか(そうだ、と言われそう・笑)、広告がそんなことと関係なくなったのか、何なんでしょうか。
画期的な新製品が出てきにくい、とかいった「原因の外部化」で議論を終えて良いとも思えないのです。
50年代か60年代の雑誌広告がアンティーク・ショップで「売られています」。
ま、アンティークとは何か、と考えれば、こんな「ガラクタ」「ゴミ」がそうか、とも思いますが、でも「売れる」と思う人と「買いたい」と思う人が居るから、こうして「あまたの雑誌広告にもましてコカコーラの雑誌広告は商品になって」ここにあるのでしょう。

(2010年1月10日ミズーリ州某所のアンティークショップにて筆者撮影)
髪型や着てるものは、時代を感じさせずにはいられませんが、何だか今も「うけそう」に思うのでした。
テープレコーダーがハイテク、楽器が出来るのは楽しいこと。
今ならさしずめ Wii か PS3 あるいはPCで「ゲーム」や「作曲」また「演奏」なのでしょうか。自分たちの声をアレンジして、といったこともありえるでしょうが、要は「変わらぬ楽しみ」が描かれています。

(同上)
ちょうど同じころ、日本でも加山雄三さんの「若大将」がヨットでコーラ、のCMをなさっておられましたが、あれは、これの同音異曲だったのでした。
slice of life というにはあまりにも「ハイソ」。
若者が「ヨットで」というのは、今も昔も「贅沢な遊び」であることは間違いない。
今も「あり」と思うのでした。

(同上)
もう少し、年齢が落ち着いた世代でしょうか。
気候がやや寒くとも、野外でお食事。英語のピクニックは「戸外食事」。どこか高原や丘を「歩くこと」ではありません。
同じものでも戸外、屋外で食べるとそれだけで美味しい。原始以来の記憶がそう感じさせるような気が致します。
で、こう見れば、「何も人は半世紀の間変わっていない」だから「同種の魅力を広告やマーケティングで(小道具の進歩はあるとしても)謳うこと」は「あり」ではないか、と思う見方がひとつ。
いやいや、時代が下るにつれて、時間的なプレッシャーや子ども同士の遊びも「もっと独り遊びが増えている」し、友人との遊びも「小人数化」している。だからこそ、こういう絵は手の届かない「もっともっと(非日常的な)楽しさ」として魅力を増しているのじゃないか、とも思う。
方や、いやいや、テープレコーダーやヨット、ピクニックくらいじゃ、だれももう驚かず、目も行かない。それ自体の魅力は陳腐化している、という見方もまた「あり」える。
はてさて、ほんの少しの差異を「ライフスタイルの提案」と言っていた人口増加社会、「若者文化先行指標」観、は、今どのような観点で見直されるべきなのでしょうか。
そもそも「ライフスタイルの提案」といった広告を「感じな」くなって久しいのは、当Blog亭主が老いたのか(そうだ、と言われそう・笑)、広告がそんなことと関係なくなったのか、何なんでしょうか。
画期的な新製品が出てきにくい、とかいった「原因の外部化」で議論を終えて良いとも思えないのです。
弁護士のCM [アメリカ合衆国某州番外編]


(2010年2月4日自宅テレビ画面から筆者撮影)
弁護士のCM。
経済的損失を主張できるかもしれません。
あなたの法的権利を守りましょう。
とはいえ、Mesothelioma が分かりません。
辞書にもない。
で、ネットで引けば・・・
Mesothelioma is a form of cancer that is almost always caused by exposure to asbestos .(Wikipedia)
自動翻訳に掛ければ・・・
中皮腫の がんのほとんどは、常に、 アスベストへの暴露によって引き起こされるフォームです。
あっ、そうか、と。
何でも訴える訴訟国家、とは聞いてましたが、幸いに今のところは自分自身は何も巻きこまれずに済んでいます。でも、弁護士広告でこういう「ピントの絞られた顧客」へのCMを見れば、なかなか考えさせられるところはあります。
英語の pubilicist には「マスメディア等を通じて広く何かについて一般社会の人々に知らせる仕事」の意味とあり、評論家、社会改革運動家、広報係、などが並べて記されています。
それがビジネスになるのかどうか、新聞に取り上げられるかどうか、記事なのか広告なのか、はことの枝葉、根っこは同じ、という概念が、このCMと publicist という言葉から推し量られるのでした。
げに、アメリカはかく「世に問う」「言論の国」と。
バハマはハイチの隣国ですが・・・ [アメリカ合衆国某州番外編]
ハイチ地震のニュースは連日です。
そこへバハマのCM。





(2010年2月4日自宅テレビ画面から筆者撮影)
フロリダ半島から見れば、ハイチよりも格段に近いバハマ。
だから、ハイチ地震のような天災とは関係が無いですよ、みたいなことなのでしょうか。
でも、ハイチ、キューバ、バハマ、ドミニカは同じ「カリブ海諸国」。
今この時期、見る方が「地震の心配」をチラッとでもしないのでしょうか。
いやいや「充分に遠い」という知識、土地勘もおありなのでしょうか。
とはいえ、日本なら「不謹慎」と言われそう・・・
英語には「不謹慎」という言葉はないのかな?
いえいえありました・・・imprudent, shameless, indecent・・・と。
6月から8月までの3カ月の夏のバケーションシーズン、今から「予定の話題に上らせ、予約を」というお考えも分かりますが・・・う~ん・・・どんなものなのでしょうか・・・
そこへバハマのCM。





(2010年2月4日自宅テレビ画面から筆者撮影)
フロリダ半島から見れば、ハイチよりも格段に近いバハマ。
だから、ハイチ地震のような天災とは関係が無いですよ、みたいなことなのでしょうか。
でも、ハイチ、キューバ、バハマ、ドミニカは同じ「カリブ海諸国」。
今この時期、見る方が「地震の心配」をチラッとでもしないのでしょうか。
いやいや「充分に遠い」という知識、土地勘もおありなのでしょうか。
とはいえ、日本なら「不謹慎」と言われそう・・・
英語には「不謹慎」という言葉はないのかな?
いえいえありました・・・imprudent, shameless, indecent・・・と。
6月から8月までの3カ月の夏のバケーションシーズン、今から「予定の話題に上らせ、予約を」というお考えも分かりますが・・・う~ん・・・どんなものなのでしょうか・・・
「はぐれ悪漢」という名前のクルマに乗りたいのか? [アメリカ合衆国某州番外編]
共和党の副大統領候補で、次期大統領選に意欲満々な、あのペイリンさんの時にも触れていたのですが・・・


(2010年2月4日ミズーリ州某所にて筆者撮影)
変わった車の名前だな・・・と。
で、ペイリンさんがPRのために出した本のタイトルが『Going Rogue: An American Life』「ならず者で生きる:アメリカ流人生」という意味、とかつて
http://mizunoyutaka.blog.so-net.ne.jp/2009-11-24
に書いたことも忘れて辞書をまた引きました。
rogue
発音〔rouɡ〕
━━ n. 悪漢; 〔戯言〕 ちゃめ, いたずらっ子; 群から離れている猛獣.
━━ a. (群れから)はぐれて狂暴な; 一匹狼のような
う~ん・・・
「はぐれ悪漢」というモットーの大統領候補がありならば、そういった名前のクルマに乗りたい気持ちも「あり」なんでしょう。
心の琴線には「カーボーイ」がしっかりと息づいておられること、分かるように思いました。
これは「現代の愛馬」ですから。
日本なら・・・う~ん、「流星号」とか「アオ」とかしか思いつきませんが(笑)。


(2010年2月4日ミズーリ州某所にて筆者撮影)
変わった車の名前だな・・・と。
で、ペイリンさんがPRのために出した本のタイトルが『Going Rogue: An American Life』「ならず者で生きる:アメリカ流人生」という意味、とかつて
http://mizunoyutaka.blog.so-net.ne.jp/2009-11-24
に書いたことも忘れて辞書をまた引きました。
rogue
発音〔rouɡ〕
━━ n. 悪漢; 〔戯言〕 ちゃめ, いたずらっ子; 群から離れている猛獣.
━━ a. (群れから)はぐれて狂暴な; 一匹狼のような
う~ん・・・
「はぐれ悪漢」というモットーの大統領候補がありならば、そういった名前のクルマに乗りたい気持ちも「あり」なんでしょう。
心の琴線には「カーボーイ」がしっかりと息づいておられること、分かるように思いました。
これは「現代の愛馬」ですから。
日本なら・・・う~ん、「流星号」とか「アオ」とかしか思いつきませんが(笑)。
ヒスパニック系アメリカ人には「福沢諭吉はお茶屋さん」ですか? [アメリカ合衆国某州番外編]
う~ん・・・と唸った。
スペイン語チャンネルでのスペイン語CM。
当Blog亭主は「スペイン語」がまったくわかりませんので念のため(笑)。

(2010年2月1日自宅テレビ画面から筆者撮影)
えっ!
あの人は「福沢諭吉、それも一万円札から取ったに違いない」あのお顔で!


(同上)
ありゃりゃ、これは「痩身茶」。
なんだかなぁ・・・。


(同上)
今なら2つで、何かとハンドクリームのような物が付いて、お買い得ですよ、と。
あのね。
思ったことは、ひとつには「まともな(常識のある)企業」とは思いたくないこと。
今、日本に「海外の紙幣に描かれた外国人をパッケージに借用するような」会社があるでしょうか?戦前の売薬ならばともかくも・・・。作り方が「安直」すぎます。
日本のメーカーさんも、まさか今でも「ターバンを巻いた誰か」「民族衣装を着た誰か」何かお使いじゃないでしょうね?
有名人の肖像権が国境を越えて問題にはならなくても、恥ずかしいことは止めましょう、と。
もうひとつには、「こうした日本の偉人っぽい人」は、和漢薬、何だか分からないが武道などの流れの健康術、東洋人の体型の細さ、長寿などの連想が「利いて」説得力があるのでしょう。
だったらば、今もアメリカの人口増、移民で一番大きいマイノリティ、ヒスパニック系に「日本っぽい」何かが「スイート・スポット」なのかもしれません。
だって、頼んでもいないのにこんな親日(笑)パッケージデザインをなさるのですから。
そういえば、誰でもどこか別の国じゃ「いい男」「いい女」に見られる、みたいな愉快な番組もあったことも思い出されます。
アメリカでのビジネスでご一考の余地あり、と思った次第でした。
スペイン語チャンネルでのスペイン語CM。
当Blog亭主は「スペイン語」がまったくわかりませんので念のため(笑)。

(2010年2月1日自宅テレビ画面から筆者撮影)
えっ!
あの人は「福沢諭吉、それも一万円札から取ったに違いない」あのお顔で!


(同上)
ありゃりゃ、これは「痩身茶」。
なんだかなぁ・・・。


(同上)
今なら2つで、何かとハンドクリームのような物が付いて、お買い得ですよ、と。
あのね。
思ったことは、ひとつには「まともな(常識のある)企業」とは思いたくないこと。
今、日本に「海外の紙幣に描かれた外国人をパッケージに借用するような」会社があるでしょうか?戦前の売薬ならばともかくも・・・。作り方が「安直」すぎます。
日本のメーカーさんも、まさか今でも「ターバンを巻いた誰か」「民族衣装を着た誰か」何かお使いじゃないでしょうね?
有名人の肖像権が国境を越えて問題にはならなくても、恥ずかしいことは止めましょう、と。
もうひとつには、「こうした日本の偉人っぽい人」は、和漢薬、何だか分からないが武道などの流れの健康術、東洋人の体型の細さ、長寿などの連想が「利いて」説得力があるのでしょう。
だったらば、今もアメリカの人口増、移民で一番大きいマイノリティ、ヒスパニック系に「日本っぽい」何かが「スイート・スポット」なのかもしれません。
だって、頼んでもいないのにこんな親日(笑)パッケージデザインをなさるのですから。
そういえば、誰でもどこか別の国じゃ「いい男」「いい女」に見られる、みたいな愉快な番組もあったことも思い出されます。
アメリカでのビジネスでご一考の余地あり、と思った次第でした。
「個人」という焦点 [アメリカ合衆国某州番外編]
一般的な知識として「アメリカの個人主義(日本の集団主義)」や「市民革命とは暴力革命」で「階級のない国としてアメリカはフランス革命に先行して、かつ封建主義を経ず立国された」ことも知ってはいる。
方や、たとえば主な広告会社が、ほとんどすべて「創業者や経営者の人名を社名にしている」ことも、日米の大きな差として具体的に知っている。M&A(企業の合併や吸収)の結果、何人もの「お名前」が並ぶ会社名も、日本のビジネスでは「覚えられたものではない」が「アメリカの広告関係業界では常識的」なのだ。
でも、そのようなことを超えて、さらに深く驚かれることもまたある。
聴講している大学院の授業、History of the Mass Media の中で、20世紀初頭、既に全米には、91の日刊紙、774の週刊新聞があったとされるが、州単位にあまたの「新聞協会」もあった。その新聞協会が、大学に寄付を行い講座(授業)はおろか、学部まで作ることに協力するのだけれど、しょっちゅうその協会は何をしていたのか、というと「Hiroの話を皆で聞く会」であった、との解説がなされた。要は立志伝中の業界人の偉人伝、伝記を皆で聞くことが「協会の中心的な目的だった」というのだ。誰それは「独立戦争前、イギリス政府に投獄されながらも新聞を発行し続けて、独立の機運を高めるのに貢献した」とか、同時代の大立者ピューリツアとはどんな人なのか、とか、ハーストはどんな人物なのか、とかいった具合だった由。
たしかにアメリカ人のHiroの話大好きは今も続いていて、毎年CNNはCNN Hiro を選出し、選定式を年末恒例の行事にしている。
こう考えれば、第二次大戦後、日本は二宮金次郎も乃木希典も、あるいは源義経も楠木正成も Hiro としなくなったことに気付かされる。
アメリカは国家元首という Hiro をいつも選挙で選ぶ、そういう国。
だから、

(2010年1月10日ミズーリ州某所のアンティークショップで筆者撮影)
ビジネス、それもアンハイザー家・ブッシュ家のファミリー・ビジネスならば、歴代社長がこのように Hiro 。
さてさて、Hiro を持たない、あるいは持たないようにしている日本の突出を嫌い「自由で平等」なところも、Hiro を持つアメリカの突出を喜び「挑戦的で野心家」なところも、それぞれに実に深く根を下ろし、さまざまな分野での人の振舞い方、ものの見方を決めているものか、が少し見えたような気がしたのでした。
ま、こんな「ビール用マグ」は私だって「欲しい」とは思えないのですが(笑)。
方や、たとえば主な広告会社が、ほとんどすべて「創業者や経営者の人名を社名にしている」ことも、日米の大きな差として具体的に知っている。M&A(企業の合併や吸収)の結果、何人もの「お名前」が並ぶ会社名も、日本のビジネスでは「覚えられたものではない」が「アメリカの広告関係業界では常識的」なのだ。
でも、そのようなことを超えて、さらに深く驚かれることもまたある。
聴講している大学院の授業、History of the Mass Media の中で、20世紀初頭、既に全米には、91の日刊紙、774の週刊新聞があったとされるが、州単位にあまたの「新聞協会」もあった。その新聞協会が、大学に寄付を行い講座(授業)はおろか、学部まで作ることに協力するのだけれど、しょっちゅうその協会は何をしていたのか、というと「Hiroの話を皆で聞く会」であった、との解説がなされた。要は立志伝中の業界人の偉人伝、伝記を皆で聞くことが「協会の中心的な目的だった」というのだ。誰それは「独立戦争前、イギリス政府に投獄されながらも新聞を発行し続けて、独立の機運を高めるのに貢献した」とか、同時代の大立者ピューリツアとはどんな人なのか、とか、ハーストはどんな人物なのか、とかいった具合だった由。
たしかにアメリカ人のHiroの話大好きは今も続いていて、毎年CNNはCNN Hiro を選出し、選定式を年末恒例の行事にしている。
こう考えれば、第二次大戦後、日本は二宮金次郎も乃木希典も、あるいは源義経も楠木正成も Hiro としなくなったことに気付かされる。
アメリカは国家元首という Hiro をいつも選挙で選ぶ、そういう国。
だから、

(2010年1月10日ミズーリ州某所のアンティークショップで筆者撮影)
ビジネス、それもアンハイザー家・ブッシュ家のファミリー・ビジネスならば、歴代社長がこのように Hiro 。
さてさて、Hiro を持たない、あるいは持たないようにしている日本の突出を嫌い「自由で平等」なところも、Hiro を持つアメリカの突出を喜び「挑戦的で野心家」なところも、それぞれに実に深く根を下ろし、さまざまな分野での人の振舞い方、ものの見方を決めているものか、が少し見えたような気がしたのでした。
ま、こんな「ビール用マグ」は私だって「欲しい」とは思えないのですが(笑)。
民放の5秒スポットCMの復活に反対します。 [主張]
委細は承知しないが(当Blog亭主は在米)、下記記事に驚きました。

(2010年2月2日アサヒコムから筆者取得・加工)
●民放の5秒スポットCMの復活に反対します
番組宣伝と組合されていようがいまいが「5秒CM」は民間放送連盟自主規制違反です。
免許事業者団体の自主規制が守られなければ、一番避けるべき「公権力の報道機関への容喙」の道を開きかねません。それは民放が一番避けるべきことです。民間放送連盟の「見識」が問われます。
5秒スポットがなくなった経緯は、60年代半ばまでは、「ヴィックス・ドロップ」、「アイデアル傘」、「コルゲン」等に象徴される5秒スポットが多用され、結果、当時「CMの機関銃掃射」(全日本シーエム放送連盟編(2000))という表現すら使われ社会問題化したことにあります。社会的批判を受けて民間放送連盟では今に続く「一週間のCM総量を18%以内にする」という自主規制を1975年に定めるに至った(もっともこの自主ルール制定、施行直前にはその上限を越えていた実態もあった)けれども、批判から自主規制まで10年以上を要した重要事項です。
以前から「番組宣伝はCMではない」と言い「5秒番宣」を行う行為がありましたが、視聴者からは番宣もCMです。
●電波は国民の財産、民放はそれの使用を許されている「免許」を善意で管理する義務があります
ただでさえ「同じCMを何十回何百回も見なければいけない」ひどいテレビCM状況です。国民が困る状況を助長する行為は許されないと思います。
●免許事業者は「準公務員」です
テレビ朝日の前身「日本教育放送」に初免許を交付した当時の郵政大臣田中角栄は次の様に発言しています。
田中は、電波(周波数)と言う国民の財産をその有限性と利用の間で免許制となっていることを正確に述べ、したがって「民放の従業員は準公務員」と認識できることを明確に述べています(キネマ旬報編集部(1958)「テレビの威力とその責任」『キネマ旬報』No.194, pp.171-180.)における田中の座談会における発言)。つまり公務員の規律を定める国家公務員法のような法規制もありえるが、このことには権力からの言論の自由への容喙等の反論があるため今回は見送った、といった解説さえ田中自身の発言にあるほどです。
免許を与えられた者は、国民の財産をその有限性ゆえに特に許された訳だから「金儲けの手段に免許を使ってはならない」ことも強調し今後注意して行くことにも言及するほどです。
この1958年の新規免許交付には、教育番組を50%以上、教養番組を30%以上放送するという教育番組専門放送局免許の日本教育テレビ(現テレビ朝日)、東京12チャンネル(現テレビ東京)が含まれる。
●この主張の背後にある「マス・メディアを利用する広告」の倫理については、当Blog左側にある拙書でも論じています。詳しくは書店店頭でお立ち読みの上、ご判断頂きお買い求めください。

(2010年2月2日アサヒコムから筆者取得・加工)
●民放の5秒スポットCMの復活に反対します
番組宣伝と組合されていようがいまいが「5秒CM」は民間放送連盟自主規制違反です。
免許事業者団体の自主規制が守られなければ、一番避けるべき「公権力の報道機関への容喙」の道を開きかねません。それは民放が一番避けるべきことです。民間放送連盟の「見識」が問われます。
5秒スポットがなくなった経緯は、60年代半ばまでは、「ヴィックス・ドロップ」、「アイデアル傘」、「コルゲン」等に象徴される5秒スポットが多用され、結果、当時「CMの機関銃掃射」(全日本シーエム放送連盟編(2000))という表現すら使われ社会問題化したことにあります。社会的批判を受けて民間放送連盟では今に続く「一週間のCM総量を18%以内にする」という自主規制を1975年に定めるに至った(もっともこの自主ルール制定、施行直前にはその上限を越えていた実態もあった)けれども、批判から自主規制まで10年以上を要した重要事項です。
以前から「番組宣伝はCMではない」と言い「5秒番宣」を行う行為がありましたが、視聴者からは番宣もCMです。
●電波は国民の財産、民放はそれの使用を許されている「免許」を善意で管理する義務があります
ただでさえ「同じCMを何十回何百回も見なければいけない」ひどいテレビCM状況です。国民が困る状況を助長する行為は許されないと思います。
●免許事業者は「準公務員」です
テレビ朝日の前身「日本教育放送」に初免許を交付した当時の郵政大臣田中角栄は次の様に発言しています。
田中は、電波(周波数)と言う国民の財産をその有限性と利用の間で免許制となっていることを正確に述べ、したがって「民放の従業員は準公務員」と認識できることを明確に述べています(キネマ旬報編集部(1958)「テレビの威力とその責任」『キネマ旬報』No.194, pp.171-180.)における田中の座談会における発言)。つまり公務員の規律を定める国家公務員法のような法規制もありえるが、このことには権力からの言論の自由への容喙等の反論があるため今回は見送った、といった解説さえ田中自身の発言にあるほどです。
免許を与えられた者は、国民の財産をその有限性ゆえに特に許された訳だから「金儲けの手段に免許を使ってはならない」ことも強調し今後注意して行くことにも言及するほどです。
この1958年の新規免許交付には、教育番組を50%以上、教養番組を30%以上放送するという教育番組専門放送局免許の日本教育テレビ(現テレビ朝日)、東京12チャンネル(現テレビ東京)が含まれる。
●この主張の背後にある「マス・メディアを利用する広告」の倫理については、当Blog左側にある拙書でも論じています。詳しくは書店店頭でお立ち読みの上、ご判断頂きお買い求めください。
やはりこの際トヨタは広告を止めた方が良いと思います。 [広告]
いち早くリコールを決めたのは、トヨタにとって「将来にわたる被害を最小化する」判断だったのでしょう。
ほとんどの広告が止まったようにも思われます。
でも、ミズーリあたりのローカル局には、天気予報画面中にまだロゴが残っています。

(2010年1月29日自宅テレビ画面から筆者撮影)
今、トヨタのロゴマークを見て思うことは「トヨタに対する悪いニュース」。
だからやっぱりしばらく広告は止めた方が良い、と思います。ユーザーも、販売店関係者もこの天気予報は見ているんですから、見てどう思うか、はやはり重要。
この説明でも分かりにくければ、こういうものを見ればどうでしょうか。

(ソネット提携ニュースサイトから筆者取得)
でもその同じロゴマークが、その同じ月にこういった文脈で露出すると、まったく「トヨタのロゴマークが違って見える」のです。

(同上)
さらには、

(同、筆者取得・加工)
テレビCMでも「トヨタじゃなくて」と名指しで言う他社CMも普段よりも「説得的に聞こえます」。
タイミング、状況に合わせて、同じものでも違って見える、というあたりまえにして、シリアスな典型的な事例と思われた次第。
ほとんどの広告が止まったようにも思われます。
でも、ミズーリあたりのローカル局には、天気予報画面中にまだロゴが残っています。

(2010年1月29日自宅テレビ画面から筆者撮影)
今、トヨタのロゴマークを見て思うことは「トヨタに対する悪いニュース」。
だからやっぱりしばらく広告は止めた方が良い、と思います。ユーザーも、販売店関係者もこの天気予報は見ているんですから、見てどう思うか、はやはり重要。
この説明でも分かりにくければ、こういうものを見ればどうでしょうか。

(ソネット提携ニュースサイトから筆者取得)
でもその同じロゴマークが、その同じ月にこういった文脈で露出すると、まったく「トヨタのロゴマークが違って見える」のです。

(同上)
さらには、

(同、筆者取得・加工)
テレビCMでも「トヨタじゃなくて」と名指しで言う他社CMも普段よりも「説得的に聞こえます」。
タイミング、状況に合わせて、同じものでも違って見える、というあたりまえにして、シリアスな典型的な事例と思われた次第。
恐喝まがいの値切りです。すぐ警察に通報しましょう。 [アメリカ合衆国某州番外編]
おそらく日本の地上波テレビCMとしては、オンエアに至らないだろう。
その意味では、日本の民放の考査なり、広告会社の法務的な常識が評価出来る、そういった事例なのかもしれない。






(2010年1月29日自宅テレビ画面から筆者撮影)
この「プライスライン」は、格安ホテルをネットで予約させるビジネス。日本で言う「マイトリップ」です。
で、いかに安くホテルを「値切っているか」のCMがこれ。
マフィアまがいの、大きないかつい毛皮の人が「指をぽきぽき」させたり、入れ墨の入ったこぶしをカウンターに「どん」と突いたりすれば、東洋系と思われるホテルのフロント係の人が、はじめは駄目、といっていた値段を下げる、というお話。
なんじゃこれは。
「価格交渉」をこうした恐喝まがいのことで行う会社さんですか?
それってもう犯罪です。
価格を下げる方も、相手のこういう「非経済的・反社会的・不公正取引的」なことでディスカウントする、そのこと自体問題。
さらに、子どもがこういったものを見て「価格交渉とは」「ビジネスとは」こうしたもの、と思うこともまた問題。
あれやこれやで、警察に通報しましょう。
「暴力追放」は、いまや日本のホテルならどこでも掲げている合言葉。
金・銀の入手のために虐殺行為を行い、奴隷を輸入し、アヘンを中国に売りつけたのが「ヨーロッパの資本主義精神」ですから、平和ボケ、極東の辺境国の「公正・非暴力」商業観、正義感で見る方が陳腐なのでしょうか。
現代的なネットビジネスにおいてさえ、アメリカ人の「無知・無教養ぶり」が、さらけ出されたCM、と見るのですが、いかがでしょうか。
その意味では、日本の民放の考査なり、広告会社の法務的な常識が評価出来る、そういった事例なのかもしれない。






(2010年1月29日自宅テレビ画面から筆者撮影)
この「プライスライン」は、格安ホテルをネットで予約させるビジネス。日本で言う「マイトリップ」です。
で、いかに安くホテルを「値切っているか」のCMがこれ。
マフィアまがいの、大きないかつい毛皮の人が「指をぽきぽき」させたり、入れ墨の入ったこぶしをカウンターに「どん」と突いたりすれば、東洋系と思われるホテルのフロント係の人が、はじめは駄目、といっていた値段を下げる、というお話。
なんじゃこれは。
「価格交渉」をこうした恐喝まがいのことで行う会社さんですか?
それってもう犯罪です。
価格を下げる方も、相手のこういう「非経済的・反社会的・不公正取引的」なことでディスカウントする、そのこと自体問題。
さらに、子どもがこういったものを見て「価格交渉とは」「ビジネスとは」こうしたもの、と思うこともまた問題。
あれやこれやで、警察に通報しましょう。
「暴力追放」は、いまや日本のホテルならどこでも掲げている合言葉。
金・銀の入手のために虐殺行為を行い、奴隷を輸入し、アヘンを中国に売りつけたのが「ヨーロッパの資本主義精神」ですから、平和ボケ、極東の辺境国の「公正・非暴力」商業観、正義感で見る方が陳腐なのでしょうか。
現代的なネットビジネスにおいてさえ、アメリカ人の「無知・無教養ぶり」が、さらけ出されたCM、と見るのですが、いかがでしょうか。
トイレでの洗髪を想定したのでしょうか? [アメリカ合衆国某州番外編]
はや滞米半年となって「それなりに驚くことも減ってきた」のでしょう。
ま、もっとお長い方からすれば、何もまだまだ分かっていない。
でも、毎日、当初のように驚きばかりじゃ、身が持たない(笑)。過去の類似のことから、今目の前で起こっていることを類推して、さまざま効率的、効果的に解釈、対応(それはわからなくてもいい、と割り切ることも含めて)ができるようになったのでしょう。
とはいえ、やはり、生まれ育ったところとは違う文化圏。
こんなものを見掛けました。

(2010年1月26日ミズーリ州ミズーリ大学キャンパスにて筆者撮影)
洗った手を、温風というか、熱風で乾かす装置が個室のトイレに・・・
でも、妙に「高さが高い位置」に取り付けられているような気がして・・・

(同上)
近寄ってみたらば・・・

(同上)
え!

(同上)
この「指の指紋に見えたのは、頭の髪の毛だった」ようなのです。
だっらたば、この乾燥機、「洗髪後の頭髪を乾かす」ように(も)考えられていたのでしょうか?
ま、アメリカというか、ヨーロッパのきちんとした住宅での「トイレと風呂」はメインのベッドルームに「付随」する。だから3ベッドルームなら、(あくまでも正式には)トイレも風呂も3つづつそのベッドルームからしか行けない場所にあって(別途客用トイレと風呂があるから、都合4つ)、プライベートスペースの最たるところ。
その一連の考えからは「個室トイレでどこを洗おうが勝手」ではあるのですが・・・(笑)。
う~ん・・・
その「情景を想像」されるアメリカの常識の範囲と、こうして「個室トイレで写真を撮っている」私と、どちらがおかしいのでしょうか(笑)。
小ネタながら、面白かったトイレでした。
ま、もっとお長い方からすれば、何もまだまだ分かっていない。
でも、毎日、当初のように驚きばかりじゃ、身が持たない(笑)。過去の類似のことから、今目の前で起こっていることを類推して、さまざま効率的、効果的に解釈、対応(それはわからなくてもいい、と割り切ることも含めて)ができるようになったのでしょう。
とはいえ、やはり、生まれ育ったところとは違う文化圏。
こんなものを見掛けました。

(2010年1月26日ミズーリ州ミズーリ大学キャンパスにて筆者撮影)
洗った手を、温風というか、熱風で乾かす装置が個室のトイレに・・・
でも、妙に「高さが高い位置」に取り付けられているような気がして・・・

(同上)
近寄ってみたらば・・・

(同上)
え!

(同上)
この「指の指紋に見えたのは、頭の髪の毛だった」ようなのです。
だっらたば、この乾燥機、「洗髪後の頭髪を乾かす」ように(も)考えられていたのでしょうか?
ま、アメリカというか、ヨーロッパのきちんとした住宅での「トイレと風呂」はメインのベッドルームに「付随」する。だから3ベッドルームなら、(あくまでも正式には)トイレも風呂も3つづつそのベッドルームからしか行けない場所にあって(別途客用トイレと風呂があるから、都合4つ)、プライベートスペースの最たるところ。
その一連の考えからは「個室トイレでどこを洗おうが勝手」ではあるのですが・・・(笑)。
う~ん・・・
その「情景を想像」されるアメリカの常識の範囲と、こうして「個室トイレで写真を撮っている」私と、どちらがおかしいのでしょうか(笑)。
小ネタながら、面白かったトイレでした。
「個人情報保護」というサービス [マーケティング]
いかにも現代的なサービスを行う会社(複数)がテレビCMをやっています。









(2010年1月4日自宅テレビ画面から筆者撮影)
もともとのクレジット社会、個人の「買い物履歴(だれがいつどこで何を買ったか)」といったプライバシーの一部が、テレビやらラジオやら、どういう訳か渋谷の交差点の大画面やら(笑)に漏えいしたら、といった「恐怖訴求」のCM。会社名も「個人保護」というそのものズバリの社名です。
たしかに、借金への抵抗感が「日本よりも緩く」、投機と呼ぶか運用と呼ぶかは別として、金融商品や不動産売買も盛んなこの国。年収、資産総額、買い物記録、年金、生損保、医療健康保険、税金の申告額、さらには病歴、犯罪歴、家族構成、知能指数、体重等々が、折からのネット環境の中で、誰かに付き合わされて「コントロールされる」のは勘弁願いたい、という素朴な感覚は分かります。何より、その誰かが自分の知らない内に自分のことを仔細に知っていること、それこそが「個人の自由」へのリスクを感じられるのでしょう。
聴講している大学院の Media ethics (マスメディアの倫理)という授業の中でも「バターを頻繁に買う人の医療保険料が上がったり(健康リスク)、保険加入を断られたり」といったおそれが言及されました。
とはいえ、金融業がそれだけの手間、コストを掛けても知りたい個人情報を持つ個人とは「高額所得者」。一般人、庶民には関係が薄いことも推論されます。
でも、この会社のHPに行けば、月額1000円なり1500円なりで「個人情報漏えい監視」をしてくれるそう。
ま、現代の先進国ならではの「空気のようなビジネス」ではありますが、起業家精神とは言えるのでしょう。はてさて日本でも一般化するのでしょうか。どうなのでしょうか。









(2010年1月4日自宅テレビ画面から筆者撮影)
もともとのクレジット社会、個人の「買い物履歴(だれがいつどこで何を買ったか)」といったプライバシーの一部が、テレビやらラジオやら、どういう訳か渋谷の交差点の大画面やら(笑)に漏えいしたら、といった「恐怖訴求」のCM。会社名も「個人保護」というそのものズバリの社名です。
たしかに、借金への抵抗感が「日本よりも緩く」、投機と呼ぶか運用と呼ぶかは別として、金融商品や不動産売買も盛んなこの国。年収、資産総額、買い物記録、年金、生損保、医療健康保険、税金の申告額、さらには病歴、犯罪歴、家族構成、知能指数、体重等々が、折からのネット環境の中で、誰かに付き合わされて「コントロールされる」のは勘弁願いたい、という素朴な感覚は分かります。何より、その誰かが自分の知らない内に自分のことを仔細に知っていること、それこそが「個人の自由」へのリスクを感じられるのでしょう。
聴講している大学院の Media ethics (マスメディアの倫理)という授業の中でも「バターを頻繁に買う人の医療保険料が上がったり(健康リスク)、保険加入を断られたり」といったおそれが言及されました。
とはいえ、金融業がそれだけの手間、コストを掛けても知りたい個人情報を持つ個人とは「高額所得者」。一般人、庶民には関係が薄いことも推論されます。
でも、この会社のHPに行けば、月額1000円なり1500円なりで「個人情報漏えい監視」をしてくれるそう。
ま、現代の先進国ならではの「空気のようなビジネス」ではありますが、起業家精神とは言えるのでしょう。はてさて日本でも一般化するのでしょうか。どうなのでしょうか。
餅は餅屋。あるいはソフト屋もハードになればただの不良品メーカー [送り手の計画]
英語にもパソコンにも自信のある方はともかく、当Blog亭主は、アメリカでPCを買って「マニュアル」を理解するリスクを避け、日本からノートPCを持って渡航しました。
日本語ソフトひとつとっても、PC本体、またネットとの接続、と考えれば「日本語で読んでもなかなかすんなりとは行かない」のに、それが「英語ならどうなるか」と思った次第でした。おかげで、こうしてBlogも続けることが出きています。
でも、ノートPCのキーボード、やっぱりもっと大きくて、画面との距離も欲しいな、マウスもやっぱりあった方が良いな、などと思って、近所のBestBuyに「キーボードだけでもあったらば」と行きました。
で、見掛けたのがこれ。



(2010年1月24日ミズーリ州某所のベストバイ店内にて筆者撮影)
安い。実はもっと前に買っていたのですが、今回見掛けて「記事にしよう」と写したのですが、キーボードは「買ったままほとんどお蔵入りの状態」。
何が言いたいのか、というと、キーボードに書かれている文字なり記号と、入力される文字なり記号が「ずれている」ところがいくつもあったのでした。
具体的に言えば、キーボードで「 ( 」を押すと「 ) 」が入力されたり、「 @ 」を押すと「 [ 」が入力されたり、要は配線がいくつか「間違っている」のでした。
あっ、そうか、マイクロソフトだった!
「ソフトならばフリーズしたり、落ちたり(IEは一日に何回も停止しました、となります)」はこの会社さんの日常茶飯事。ベータ版を売って平気なパソコン文化もご本尊はこの会社さん。
そのソフト会社が「キーボード」といえども「ハード」を、もちろん中国で生産させたらば、この生産管理のあり様。
なるほど。
バグがいくつかあっても「パッチ(SP1・笑)」はあてられませんな、と。
ハードメーカーはやはりハードメーカー。つまり餅は餅屋。
あるいは今回学ばなければならないことは「ソフト屋もハードになればただの不良品メーカー」ということでしょうか。
まったく、金返せ、と言うのも、一応マウスは使ってますから、なんだかなぁ、と。
でも、もう確実にMSのハードは買いません。
で、私が死ぬまでにBlogも込みで、私はこの話をいったい何人にお伝えすることになりますでしょうか(笑)。
日本語ソフトひとつとっても、PC本体、またネットとの接続、と考えれば「日本語で読んでもなかなかすんなりとは行かない」のに、それが「英語ならどうなるか」と思った次第でした。おかげで、こうしてBlogも続けることが出きています。
でも、ノートPCのキーボード、やっぱりもっと大きくて、画面との距離も欲しいな、マウスもやっぱりあった方が良いな、などと思って、近所のBestBuyに「キーボードだけでもあったらば」と行きました。
で、見掛けたのがこれ。



(2010年1月24日ミズーリ州某所のベストバイ店内にて筆者撮影)
安い。実はもっと前に買っていたのですが、今回見掛けて「記事にしよう」と写したのですが、キーボードは「買ったままほとんどお蔵入りの状態」。
何が言いたいのか、というと、キーボードに書かれている文字なり記号と、入力される文字なり記号が「ずれている」ところがいくつもあったのでした。
具体的に言えば、キーボードで「 ( 」を押すと「 ) 」が入力されたり、「 @ 」を押すと「 [ 」が入力されたり、要は配線がいくつか「間違っている」のでした。
あっ、そうか、マイクロソフトだった!
「ソフトならばフリーズしたり、落ちたり(IEは一日に何回も停止しました、となります)」はこの会社さんの日常茶飯事。ベータ版を売って平気なパソコン文化もご本尊はこの会社さん。
そのソフト会社が「キーボード」といえども「ハード」を、もちろん中国で生産させたらば、この生産管理のあり様。
なるほど。
バグがいくつかあっても「パッチ(SP1・笑)」はあてられませんな、と。
ハードメーカーはやはりハードメーカー。つまり餅は餅屋。
あるいは今回学ばなければならないことは「ソフト屋もハードになればただの不良品メーカー」ということでしょうか。
まったく、金返せ、と言うのも、一応マウスは使ってますから、なんだかなぁ、と。
でも、もう確実にMSのハードは買いません。
で、私が死ぬまでにBlogも込みで、私はこの話をいったい何人にお伝えすることになりますでしょうか(笑)。
ハイチ地震への募金の呼びかけ [業界]
もともとの「チャリティー精神」があるアメリカの、近隣と言っていい距離的に近い国で、さらにその国の出身の方が多数アメリカに居る、という文脈ですから、社会のあらゆる層で支援活動がなされています。
日本でも報道されたでしょうか、オバマ現、クリントン元、ブッシュ前、という3代の大統領が揃ってホワイトハウスで支援を呼びかける記者会見を行ったのが象徴的ですが、政府(緊急支援の国家財政からの支出)、軍(直近の沖合には空母カール・ビンソンが停泊、空港がしばらく使えなかった間はヘリで救援物資を運ぶ、陸軍などの南方軍もただちに出動)、民間(募金運動、ボランティアなども盛んと見ます)、と緊急支援が続きます。
とりわけ国(連邦政府)は、財政難のため、本日「予算執行の凍結」を緊急に打ち出したくらいですから、その中での支援はなかなかのもの。
で、こんなCMも。

(2010年1月26日自宅テレビ画面から筆者撮影)
地球上で一番豊かな国(もちろんアメリカ合衆国のことです!)から90分で行けるところ

(同上)
数百万の人が廃墟に立ちすくんでいます

(同上)
この地域で過去200年の間、なかった最悪の地震




(同上)
「飢えた子どもに食事を」財団でした。
このCMを見て思ったことは、では、200年前、もし同じ規模の地震が襲って何万もの死者を出したらばどうだっただろうか、ということ。
おそらく「もっと地震そのものも、また被害の深刻さも知る人が少なかったであろう」こと。
で「世界で一番豊かな」という自負のあるこの国は、ナポレオン帝政のフランスと戦争中(戦争も帆船と馬の時代)のイギリスという2国に対して中立政策。輸出入もうまく行かなかった様子の独立後20年ちょっとのまだまだ若い農業国。
テクノロジーとそれによる物質的な豊かさの成就と、世界をリアルタイムにカバーするマスコミの2つは、やはり200年前には考えられなかったことだったでしょう。
で、マスコミ。
日頃「第4権力」と呼ばれ、その割には「その権力を誰が監視するのかよく分からない特権性を謳歌する」マスコミ。こういう時こそ「何のために(歴史に照らしても200年前には出来なかったこととして)日頃人々の耳目を占拠する権力を管理しているのか」が問われる。
報道、もちろんです。
それは本業。
年に一回、チャリティーも(多大な臨時広告収入の得られる)イベントをやれば免責、てなものでもないでしょう。
で、マスコミの中の広告。
たとえば、「一酸化炭素中毒で死にいたる事故が想定された際の緊急おしらせCM」が過去いくつかありましたが、あれなどは「有料の多額の広告費」が支払える広告主だからできること。
ならば、「人の生き死」に関わることのために業界で「ファンド(積立基金)」などを持っていて、必要に応じてそれを使って、単発ではなく常に備えていて告知する、というアイディアもある。
募金活動を日頃「広告でメリットを受けている企業」は、その基金を通じても緊急に行える。
こんなアイディアいかがでしょうか。
基金支出にあたっては「優先的に(できれば販売原価で)基金加盟広告主の商品」を買うとしてもいいでしょうし。
こういうアイディアが、どこかから出てませんでしょうか。
日本でも報道されたでしょうか、オバマ現、クリントン元、ブッシュ前、という3代の大統領が揃ってホワイトハウスで支援を呼びかける記者会見を行ったのが象徴的ですが、政府(緊急支援の国家財政からの支出)、軍(直近の沖合には空母カール・ビンソンが停泊、空港がしばらく使えなかった間はヘリで救援物資を運ぶ、陸軍などの南方軍もただちに出動)、民間(募金運動、ボランティアなども盛んと見ます)、と緊急支援が続きます。
とりわけ国(連邦政府)は、財政難のため、本日「予算執行の凍結」を緊急に打ち出したくらいですから、その中での支援はなかなかのもの。
で、こんなCMも。

(2010年1月26日自宅テレビ画面から筆者撮影)
地球上で一番豊かな国(もちろんアメリカ合衆国のことです!)から90分で行けるところ

(同上)
数百万の人が廃墟に立ちすくんでいます

(同上)
この地域で過去200年の間、なかった最悪の地震




(同上)
「飢えた子どもに食事を」財団でした。
このCMを見て思ったことは、では、200年前、もし同じ規模の地震が襲って何万もの死者を出したらばどうだっただろうか、ということ。
おそらく「もっと地震そのものも、また被害の深刻さも知る人が少なかったであろう」こと。
で「世界で一番豊かな」という自負のあるこの国は、ナポレオン帝政のフランスと戦争中(戦争も帆船と馬の時代)のイギリスという2国に対して中立政策。輸出入もうまく行かなかった様子の独立後20年ちょっとのまだまだ若い農業国。
テクノロジーとそれによる物質的な豊かさの成就と、世界をリアルタイムにカバーするマスコミの2つは、やはり200年前には考えられなかったことだったでしょう。
で、マスコミ。
日頃「第4権力」と呼ばれ、その割には「その権力を誰が監視するのかよく分からない特権性を謳歌する」マスコミ。こういう時こそ「何のために(歴史に照らしても200年前には出来なかったこととして)日頃人々の耳目を占拠する権力を管理しているのか」が問われる。
報道、もちろんです。
それは本業。
年に一回、チャリティーも(多大な臨時広告収入の得られる)イベントをやれば免責、てなものでもないでしょう。
で、マスコミの中の広告。
たとえば、「一酸化炭素中毒で死にいたる事故が想定された際の緊急おしらせCM」が過去いくつかありましたが、あれなどは「有料の多額の広告費」が支払える広告主だからできること。
ならば、「人の生き死」に関わることのために業界で「ファンド(積立基金)」などを持っていて、必要に応じてそれを使って、単発ではなく常に備えていて告知する、というアイディアもある。
募金活動を日頃「広告でメリットを受けている企業」は、その基金を通じても緊急に行える。
こんなアイディアいかがでしょうか。
基金支出にあたっては「優先的に(できれば販売原価で)基金加盟広告主の商品」を買うとしてもいいでしょうし。
こういうアイディアが、どこかから出てませんでしょうか。
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