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「あらかじめ失われていた」彼岸(ひがん)の絵 [消費者洞察]


お金に「正しさ」はあるのか (ちくま新書)

お金に「正しさ」はあるのか (ちくま新書)

  • 作者: 仲正 昌樹
  • 出版社/メーカー: 筑摩書房
  • 発売日: 2004/10/06
  • メディア: 新書



カミソリのような仲正先生のご論考に、疎外(マルクス)の解題がある。

今、この本は職場にあって手元にないので私の言葉で言えば、資本主義の労働に限らず、ヒトとモノ(モノ作りもモノとして)の全(まった)き関係など「あらかじめ失われていた」彼岸(ひがん、今、ここ、ではないどこか)の絵、であると。

だから、こんな「彼岸」を描いてくれれば、もうそれだけで多くのヒトは、画面の向こうに連れて行かれてしまうのです。

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(2012年1月26日自宅テレビ画面から筆者撮影)

日々の炊事、洗濯、掃除などは雑事。
でも、そうしたことが「かけがえのない」「完全にヒトの」所作である、と捉える(これが疎外の逆でしょう)ことは、また至難。

だから、多くの広告は「あらかじめ失われていた」彼岸(かの岸)の絵であることを利用して語ることが可能であり、また語るのです。






















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共通テーマ:学問

あー「口コミ」ってこういう風船ガムみたいな吹き出しだったんですね! [消費者洞察]

当Blogでも記事にした(http://mizunoyutaka.blog.so-net.ne.jp/2012-01-09)昨今の「ネット上の口コミ」ですが、たしかに20世紀にはほとんどなかったことが、今、たしかに多くの人にとって観察も可能だし、書き込みも可能となっている。
とはいえ、それをどのように扱うべきか、について、人間社会は、さすがに10年たらずしか経験を積んでいないから、何だかよく分からない、のは先の記事に書いたところでもある。

とはいえ「何だかよく分からなくて」「日々見掛ける」のは、気になる。
そりゃいったい何なんだ、と。
で、こんなCMの登場となりました。

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(2012年1月24日自宅テレビ画面から筆者撮影)

うわー、気持ち悪い~~~・・・

風船ガムのようにも思えますが、吐瀉物のようにも思える。
ま、その辺がこのCMプランナー(脚本担当)の、何か「引っかかった」感じなのでしょうが・・・

少なくとも「呼気」。
だから、他人の呼気をうのみにしないこと、自分の呼気ならなだしも、そんな他人の呼気が、誰のものとも知れず、漂う、その気持ちの悪さは、口臭やら、他人のゲップの匂いやら、そんなものが大量に垂れ流されて、漂っている、そんな比喩も、なかなか、意外に、たしかに、何か「穿った見方」と、教えられたようなCMだったのでした。

えっ?
「カーセンサー」って、まさか口コミが載ってるの?(笑)
なら、なかなかシニカルな(笑)。

いえいえ「売りたい人が広告主」でしょう。

むしろその方が、まだしも理解が可能、とも(笑)。
















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共通テーマ:自動車

ストーリーもの。マツコ。ま、見ますわな・・・ [消費者洞察]

たかがテレビCMも、PC、ケータイの「マルチ・スクリーン」視聴のテレビだから、ちょっとやそっとじゃ、ほんとに「目が行かない」し、「見た」という自覚すらなかなか生まれない。
21世紀のテレビCMは、そんな状況が、まずある。

で、手練れの作り手と、資金と理解の両方がある広告主組織が、「ソフトバンク・モバイル」やら、「おとなグリコ」やら、「サッポロ黒ラベル」で選択するのが「ストーリーもの」。
続き物だ、と分かった、その瞬間、そうではない場合には叶えられない「注視」とコミット(関与)が生じる、そういった、高いコストを超えたメリットのある広告形式となっている。

で、日本一のこの企業も・・・

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(2011年12月22日自宅テレビ画面から筆者撮影)

キムタクが信長、たけしが秀吉、で、マツコ・デラックスが何とお市の方、と。

キャスティングで、ほぼその広告路線が説明できる「ストーリーもの」。

とはいえ「マツコ・デラックス」が乗れるんだから、きっとこのプリウス(おそらくアルファ)は、後部座席が相当広いんでしょうね、と。

しかし、このあと、福島県のハワイアンセンターにマツコは行きたい、と言って、そこに残るのですが、ま、行きあたりばったりの、ドライブ旅行、ちょっと安易な作りのようにも思います。
だって、「中学生に戻って以降の白戸家」って、何で宇宙なのか、もう、「行きあたりばったり」が悪い方に出ていますよ、と。

AKB48も「予定調和ではない」「行きあたりばったり」のストーリーが魅力、と仰る卒論もありましたが、付いて行けるかどうかは、こと広告では次の課題でしょうね。

あっ、CMに使用されている、ちあきなおみさん(黄昏のビギン)は、むろん明らかに「別格」です。










今、ここには居ないけれども夫婦、という、それはそれで思索的な・・・ [消費者洞察]

http://mizunoyutaka.blog.so-net.ne.jp/2011-04-29

の後、ダンナさんが傷害事件で逮捕され、世の反発を買う訳には行かない広告では、降板となった。
ところが、その後も、弥縫策というのではなく、奥さんが出続ける、というこれはこれで珍しい事態となったのが、このリクルートのゼクシー。

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(2011年12月22日自宅テレビ画面から筆者撮影)

今、ここには居ないけれども夫婦、という、それはそれで思索的なCMとも思うが、内田さんのトラブルで「オンエアを止めない」そういった広告主見識を、今の時代示す、というのも、またそれはそれで判断。

だって、何らかの理由で獄中に居るダンナを待つのも、また夫婦。

法治国家の司法判断に身を委ねていて、それ以上それのどこが問題というのか。

さまざまに、一昔前にはなかった、しかし、たしかに難しい判断をする、さすがの広告主、と。

ま、福山雅治の歌、林家パー子さんのカット、と、CMとしての「出来」ももちろんあってのナイス、です。












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共通テーマ:恋愛・結婚

ひとりしゃぶしゃぶ、それが豚ですが600円台からって、あのね・・・ [消費者洞察]

おそらく「しゃぶしゃぶ」「すきやき」そして「鍋料理」の類は、大勢が揃ってのご馳走だから、めったにない「贅沢」の象徴的なメニューだったろうし、ちゃんとした「宴会」、「社交」と食事が結びついた、食文化と理解していいと思っていた。要は、それは、大勢で、儀礼にかなった、贅沢を、わざわざ、今日は(今晩は)行うのだよ、という参加者の共通認識があって、したがって、それなりのお金が掛かっても、そういうもの、とされる場、なり行為と正当化されていたカテゴリーのメニューだと思っていた。

だから、牛丼の大衆化は「すきやき掛け丼」という嬉しさがベースだったし、カニ、ふぐ、あんこう、などの「別格感」は、今も、高い客単価を誇る、と思っていた。

ところが普段はあまり行かないところを、所用で通り掛かって、見付けて唖然。

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(2011年11月11日大阪市北区天神橋にて筆者撮影)

ええっ!
ひとりしゃぶしゃぶ?!

ま、肉という明治期以来の「贅沢」を、さらには脂分を湯で洗うような「贅沢」、その贅沢が、大勢なり宴会なり高額な、といったしばりを皆なぎ棄てて「ひとりしゃぶしゃぶ」それがランチ、1000円しないって・・・唖然・・・でした。

これは、もうステーキ→(その廉価版・お手軽・子分の)ハンバーグ→(そのおひとりOK・お昼もOK・歩きながらもOK)ハンバーガー、という流れに限りなく近い大衆化です。
そう思って歩いていたらば、まだまだあった!

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(同上)

豚ですが、それが600円台!
で「野菜バー食べ放題」って・・・
あのね。

デフレの平成もここにまで至りました・・・

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(同上)

肉食べ放題なら、豚で2000円以下、牛でも2500円切っていて、おばさんの足も釘付けです。

日本一の長さを誇る天神橋筋商店街の一角でした。

豊か、と、ひとつうえの世代ならずとも「目を回す」事態です。

















タグ:贅沢 デフレ
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共通テーマ:グルメ・料理

成熟する夫婦像 [消費者洞察]

いや、なかなか、とお二人のwikipedia の記述を見てやはり思いました。

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(2011年4月23日自宅テレビ画面から筆者撮影)

71歳と68歳のご夫婦。
ただしあのロックンローラー内田裕也さんと、名優樹木希林さんのご夫婦は、別居でFAXでやりとり、とのこと。
さすが、というかなるほど、です。

かつては、サルトルとボーボワール、日本では南博さんが有名だった、別居婚。

ま、核家族なんて、最先進国イギリスでもビクトリア朝(明治期)以降、日本ではたかだか昭和の後半から。
だから、近代の夫婦の単位が「いかにあるか」については、それ以前の大家族制に比べれば、世界的にも、さほど知恵が蓄えられている訳ではない。
ただ者でない者同士、つまりは主張、意見、価値観、好き嫌い、生活のペース等々が、違う限り、別々が暮らしいい。

少なくとも、そのような多様な形を勝手に追及したっていいのだ、と。

別段、男同士の婚姻を認めろ、とか、事実婚と戸籍の関係がどうとか、夫婦別姓がどうとか、いう以前に、かく「成熟した夫婦像」を提示するところはさすが。

少子化、生涯未婚、を何とかしなければならない、なんて、役所の「日本全体を大所高所から捉えた目線」とは、まったく関係なく、こうしたあり様をさらっと見せる方が、何百倍も楽しい。

そういえば「樹木希林さん」は「悠木千帆」という名前をお売りになった方でした(昭和52年。34年も前になります)。

そんなことをつらつら思わせる、CMでした。

















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共通テーマ:恋愛・結婚

ナイキのふにゃん、ふにゃん、ですね! [消費者洞察]

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(2011年4月15日自宅テレビ画面から筆者撮影)

いい感じ。
詳しいことは知らないが、ふにゃん、ふにゃんのスポーツシューズ。
履きやすそうなのは間違いない。

さすが、社員が会社の中で、いつでもスポーツをしながら仕事が出来る、と一部ではよく知られたナイキの仕事ぶりが生きた新製品と思いました。
妙に、専門的な知識はなくとも、その楽しさは分かるのです。

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(2011年4月9日東京都渋谷区にて筆者撮影)

たまたま通り掛かった渋谷東急東横店の壁面にも。

二つ前の記事と比べれば、「分からない奴は分からなくていい」みたいなノリと、「分からない人にもその魅力が分かる」ものと。

どっちがいいか、考えましょう(笑)。















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共通テーマ:スポーツ

あのね、ケンイチさん、小雪さんじゃない人とスカパーですか? [消費者洞察]

いや、いいんですけどね。
でも、発表なさった小雪さんとのご結婚のことが、どうしても思い出される訳で・・・

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(2011年4月19日自宅テレビ画面から筆者撮影)

遠藤頑張れ、中沢頑張れ、スカパーも今年は、以前にもまして盛り上がりそうな今年ですが・・・












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共通テーマ:芸能

新しい生命を勝ち得た「上を向いて歩こう」をCMにしたサントリー(追記あり) [消費者洞察]

「上を向いて歩こう」は、日航機事故で亡くなった坂本九さんの名曲。
昭和の半ばまでの、集団就職やら、都会でも暗かった夜やら、戦争の爪あとがそこここに感じられる街やら、娯楽の少ない中の青春映画やら、と結び付いた時代の歌。

自粛後、再開したサントリーの「震災で被災した方々へ」というCM。
ただし、さすがの「宣伝上手」。
そんなテロップを出せばいい、なんて考えません。

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(2011年4月7日自宅テレビ画面から筆者撮影)

さすが。
脱帽です。

街灯の暗い夜の街。
ケータイで話しながら、も、コンビニや自販機の明るい光、も、何もない、孤独で寂しい夜道で、人は、孤独で、人を思いながら、自分の小ささを抱きつつ、いつか、いいことが、こんな自分にもやってくるに違いない、と信じて、涙をこらえて、歩くのでした。

名優たち。

昭和のそんな感情を表現しよう、それが今どんな意味なのか、百も分かった方々の、メドレーで。

平成のCM史に残るCMと、初見でも確信。

(注:最後のコマが黒みなのでテレビを置いてある部屋が映り込んでいます)

さらに調べると


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共通テーマ:音楽

汗かく努力への応援ならばOKだったと分かる「ファイト一発」 [消費者洞察]

徐々にだが、テレビCMが旧に復し始めた。
ただし、東北の民放局を当Blog筆者は見ていないから、被災地でない地域において、ということではある。加えて、原材料、部品等の生産拠点の被災、物流のひっ迫などで、メーカーによっては「売りたくとも売るものがない」という企業、業界、製品カテゴリーもあるから、完全に復旧するには、まだまだ時間が掛るだろう。
さらに、自粛ムード。
どんちゃん騒ぎみたいなCMは、やはり当面見合わせているのだろうことがある。
その中で・・・

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(2011年3月29日自宅テレビ画面から筆者撮影)

そう「ファイト一発」である。
通常のそれは、何十年(?)にもわたって、筋力自慢のムキムキ2人組が、山登りやら、崖から落ちてひっぱりあげるのやら、といった「力の要る」シーンを、ただただ賑やかに映して、力が出たから助かった、うまく行った、といったCMを行い続ける。

当Blog亭主の立場からは、内容の「異曲同音」さ加減、広告量の多さ、の二点だけでも「宜しくないCM」と見えていた。(ま、大脳を使わない、新味の何もない、といった点もありますが、それはこのCMに限ったことでもなく、それで巧い作りのモノもあることはあるので。)

ところが、推測するに「たまたま」でしょうか、荒唐無稽な山登りの川下りの、橋やら崖から落ちるお話ではなく、今回のCMは「汗かく仕事」「汗かく努力」への応援、になっていたのでした。
ならば、この大震災の後も、おそらく、がれき撤去作業、仮設住宅建設作業など、で「汗かく人の多い」昨今、OKだったと分かるのでした。

同じ「ファイト一発」も、そうしたヒューマンで、行け行けどんどん、スポーツマン筋肉偉い、みたいなものでなく、労働への応援なら、許されえた、といった微妙ながらも、大事なCM事例と思った次第でした。

ボランティアも含めて、被災地で汗かく方々に、心からエールを、と、言った気分とシンクロする訳でした。



















タグ:CM 仕事 CM
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共通テーマ:仕事

居そうでなかなか居ない「和田部長」という昭和的フィクション・ノスタルジー [消費者洞察]

和田アキ子さんが演じる「和田部長」である。

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(2011年2月15日自宅テレビ画面から筆者撮影)

何かの「不首尾」を、部下に代わって、社長か役員に最敬礼でお詫びの「和田部長」である。

それを見て部下の小柄な男たちが「男らしい」と。

で、一杯やるのも、暗い居酒屋などではなく、会社の屋上なのか何だか分かりませんが、オープンエアでビール類と。

いずれも「居そうで居ない」「ありそうでない」フィクション。

なぜなら、まず何らかの不首尾は、部長の原因究明や善後策の方がたいへんのはず。
役員へのお詫びは、通例、その後「部下は連れてゆきたくない」はず。
なぜなら、もっとぶっちゃけた「その原因究明結果と今後の対応」に焦点があるし、「和田部長なのかまた誰かへの叱責やら処分やら」の話すら出るはずですから。
部下を連れて、またこのお詫びのお辞儀も両手の置かれた場所、その形、上半身の角度など詳細な「あらま欲しい」お辞儀。
さすが役者、と。

それも、和田アキ子さんという「女性」という戯画。
「男らしい」は男性に使えば「性差別」「時代錯誤」とか言って指弾されかねないから、和田アキ子さんなら「あり」と計算づく。

で、通例、まだ明るい内から「飲めません」。
だって、その後、いつ役員やら社長から、再度呼び出されるか分からないのですから、赤い顔で酒臭いなど、ありえない。

さらに、昨今の若手サラリーマンは、暗い居酒屋(おそらく愚痴やら、湿っぽい悔恨話やらの似合いそうな)はお嫌い。だから商品のイメージもあって「真昼間、オープンエアの屋上」。

行為、性別、飲酒、タイミング、場所、と、このCMは、まったくありえない情景をつないだフィクションなのでした。

和田さんも御歳61歳。

通例定年か、あるいは嘱託扱いのはずの年齢なのも、またまたフィクション。
「なななな」おっしゃるお歌も、何だか聴きたくない昨今と。

あれやこれやを、だからこそ「よく出来ている」「サラリーマンの鏡」みたいな風に評価して見るのか、それとも「成立するようにしたから成立したかのように見えるストーリーのあるかのようなコマーシャル」と見るのかは、ま、どちらでもあるか、と思いますが・・・。

とはいえ、こうした「部下思い」といった昭和的な「人を大事にする」(かのような)状況は、何か、失われている、ほとんど実際にはありえないだけに、強く平成の30代サラリーマンには、知らないはずのノスタルジー疑似体験が感じられるのかもしれません。

お歌までオリジナルで、タイアップでお作りのようで、どの程度この「お話」がうけるのか、しばし様子を見たく存じました。















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共通テーマ:テレビ

「誰がいちばん胃が痛かったのか」という発想そのものの広告 [消費者洞察]

広告は「異質なものの結び付け(結びつき作り)」でもある。
けれども「言われてみればその通り」と思えない様な、無理矢理の「結び付け」が、何でも可能な訳はない。
だから、こうした「言われてみればその通り」広告は、もう、「誰なら一番胃が痛いことを皆が感じるか」という人名出しの発想が、そのまま広告の核になっている。

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(2010年12月14日自宅テレビ画面から筆者撮影)

そうでしょう。
そうだったでしょう。
その通りでしょう。

ある時点までは、もう愚将、期待なし、交代みたいなトーンでマスコミは岡田さんをいじめていた。それが手のひらを返したようになったのが、多くの人の記憶にあります。

さぞや、私などの「胃の強さ」では、「及びもつかない」日々だったことでしょう。

お疲れさんでした。

と見る人が皆思える広告。















タグ:サッカー
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共通テーマ:スポーツ

生活上の知恵を教えるCM [消費者洞察]

もはや長年日本人をやっているから(笑)、お恥ずかしいというしかないのだが、この広告で初めて知って、あぁそうか、と・・・。

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(2010年11月7日自宅テレビ画面から筆者撮影)

11月、12月と「喪中のはがき」が来ます。
今までは「年賀状を出すのを控えよう」としか思っていないそれ。

けれども、「喪中のはがきを貰ったらお線香をお送りましょう」と、大沢悠里さん(ラジオ・キャスター)のお声で言われれば、たしかに、と。
ご不幸を知らなかったし、お香典を今から、というのも随分と時間が経っている、ちょっと仰々しい、などと思うから、結局何もしないでいたのだった。
そうした知恵、というか、作法を知らないことは「不明」。

お恥ずかしいしかないのですが、それで、もう2回も今年はお線香をお送りしました。

意外に「ご丁寧なお返事が来て」良かった、と。

考えてみれば、こうした「生活上の知恵を教える広告」は、かつてはもっとあったのか、とも思う。

核家族、しきたりや知恵は、何も「料理の仕方」や「家族のお出掛け」ばかりではないはず。

もっとこうした広告の余地があるのではないか、と日頃考えなかったことを考えさせられた広告でした。















タグ:冠婚葬祭
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「俺もついに鍋か」という犬のお父さん! [消費者洞察]

またまた「白戸家」の皆様方が、予想外(笑)な展開で・・・

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(2010年10月23日自宅テレビ画面から筆者撮影)

犬のお父さんの実母役の若尾文子さんが、(夫は建築家だったかどうかは存じませんが、もう亡くなったのだろう)20代の劇団員と再婚なさった模様。
とはいえ、孫の上戸さんにして、「おじいちゃんは何をやっているんですか?」と尋ねる家族旅行だから、「突然婚」なのだろう。
で、犬のお父さんは、20代の黒人のお兄さんと上戸さんの父だから、どう考えても50代。
ならば、若尾文子さんも70代でも後半以上でしょう。

その50代が、何と「20代の(新しい)お父さん」が劇団員で食えないならば、母曰く「次郎に養ってもらえばいいじゃないの」と来るから、えっ!
駈け出して「感情のやり場」に困って去って行くバージョンもありましたが、「樋口可南子奥さんに鍋からトウフを取ってもらって」その熱さに逃げるバージョンが15秒のよう。

さて、この荒唐無稽なお話の何に「そんなに惹かれる」のでしょうか。

ひとつには、70代の女性も「自由恋愛結婚」してどこが悪いか、またお相手が孫の年代で何が悪いか、というなかなか今的なお話がひとつ。
あの建築家さんがお亡くなりになって、若尾さんは何をおやりか、という背景も皆あることは知っていて、である。

そこへ持ってきて、その子ども年代の劇団員を「お父さん」と呼べの(これは母の指図)、「生活の面倒は見ろ」だの(これも母の当然然とした期待)、まるで、「親の言うことが聴けないのか」と「稼ぐのは大黒柱」といった、家父長制度そのもののような期待。

自由奔放な母と、不自由で(だいたい犬になってしまった不自由は並大抵ではないけれど、それには触れないルールで・笑)、奥さんは校長、自分は同じ中学の平教員なのに、カセも負担も、俺に・・・と・・・

「鍋になる」のは、単にシーズンに向いたプレゼントキャンペーンのようでもあるけれど、「私は貝になりたい」的な「鍋になりたい」お話かとも。

まか不思議な、しかし多くの人が実はその「家父長制度」と「自由」の間での混迷(どーすればいいのか、という迷い)や葛藤(だいたい世代間の葛藤は嫁姑だけではなく、限りなく誰もの間で起きている)を知っているという点ではまっとうな、気になるCM、またまた出た、と思った次第でした。

まだまだ目が離せない・・・(笑)。



















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共通テーマ:恋愛・結婚

「健やかなる君を笑い飛ばせ」を言えるCM [消費者洞察]

早稲田大学スキー部長さんのおっしゃる通り、「瀕死」の状況ですが、難しい環境の中、それでも「小さな存在であるひとりひとりはかく戦う」といった、ま、たかが広告で至難のメッセージを、込め得るのが、「されど広告」のヒヨドリ越え、桶狭間。
しばらく前からやっているこのCMもいくつかの条件で、少なくとも私には「インサイト(洞察)」を感じる佳作、と。

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(2010年10月12日自宅テレビ画面から筆者撮影)

大企業に勤める若いサラリーマン。周囲の状況に振り回されます。
苦労して資料を作って、ようやく出せば、受け取った方は「そうだっけ?」「あれ、もういいわ」。
ある人は「もうちょっと考えて動けよな」、しかしある人は「(何も考えずに)私の言う通りにしてくれ」とアドバイス。
それは、この人だけの事じゃなく、会社中のようで、「部長の判断でBプランで」、と聞いて作業する皆様に、その後突然「専務のご判断でAプランで」、と右往左往。

で、「健やかなる君へ」「笑い飛ばせ」「くさるな」「意外な展開が仕事をドラマにするかもだゼ」と。

う~ん、なかなか、と思いました。

ひとつには、30秒だから「分かる」。
もうひとつには、このような経験(実は専務も、部長もかくたる根拠なしに決めていたりするのでしょうが)が、自分の体験と重ね合わせられるから「分かる」(こんなタイプの「理由なき」せいぜい「好き嫌い」で多大な人の努力を振り回す組織には、大きなツケが来る、と思うのですが、それはそれとして)。
で、歌詞の秀逸さ。
なかなか難しい「自分の客観視、状況の相対化」「僥倖は突然、展開は予測不可能」という、ある種の真実。それをワンフレーズ、ツーフレーズでCMの中に織り込む技。

ま、こうした仕事も「稀」にはある、と。

とはいえ、別に「タグボート(このCMの企画を立てたと思われる高名な広告制作会社)が偉い」という結論ではなく、また、これで「分かる」人も居られる一方で(大塚製薬も広告業界も、「分かる方たちばかり」でしょう)、さっぱり「自分の仕事上の体験を重ね合わすことのできない」方々も居られるのえはないか、と。

それでも佳作。

なぜなら、ある一定の、現代日本社会の「組織と人間」の肝心なところは、描いていると思われるからです。

ま、一昔前ならば「直木賞受賞作の読後感」。
昨日の読後感、とはこのような難しいものすら「ありえる」という事例でした。

テレビ局も「長尺CMは通販ばかり」みたいな、思考停止はお止めになって、もっと「この種の30秒CM」のあることも知って頂きたいものと。














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共通テーマ:テレビ

大リーグ10年連続200本安打のイチロー選手に思う平和 [消費者洞察]

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(2010年9月26日自宅テレビ画面から筆者撮影)

十年一日、さすがに「紅葉は1カット」入れました、みたいなこの手の、人間の知性にじゅうたん爆撃をかけて平気の平左のような鈍感・無知蒙昧・思考停止、で20世紀の遺物的な「広告知識の限界の象徴」といえるお粗末CMも、ま、その程度と言えばその程度ながら、「祝。」。

ま、この方への「応援」に、このCMの契約金もなるのだろう、と思ってこの件は良しとしましょうか。

しかし「イチロー」さん、「はやぶさ」や「宮里藍獲得賞金世界一」やノーベル賞、またワールドカップやオリンピックにも似たところは、「日本という想像上の共同体」を確認させる稀有な機会をご提供だから。

なぜ「想像上」かといえば・・・



定本想像の共同体―ナショナリズムの起源と流行 (社会科学の冒険 2-4)

定本想像の共同体―ナショナリズムの起源と流行 (社会科学の冒険 2-4)

  • 作者: ベネディクト・アンダーソン
  • 出版社/メーカー: 書籍工房早山
  • 発売日: 2007/07/31
  • メディア: 単行本



そのメンバー全部に会えるわけもなく、顔も知らない、観念上の「カテゴリー」であり、宗教上、また時の権力の都合によって「その範囲は容易に変わる」恣意性がありながらも、場合によれば、ヒトを、その命さえも差し出させ、戦争にも参加させる、そんな「観念上のもの」であることをもってしか、国家という「共同体」は説明できない、そのことを明言したのがこの文化人類学の名著。

尖閣諸島だって、テロだって、命さえも差し出しかねないその気持ち、ちょっと冷静になりましょうよ、と。

権力側は「支配下の多くの人が冷静になられれば困る」のでしょうか。
いや、支配下の皆が「冷静ならば」権力自体も変わるのではないか、と。

イチロー選手にその「日本人」という共同体を見る、というわれわれの平和には、これはこれで乾杯!











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お芝居よりも「素」で、そりゃ文太さんに注いでもらったビールは旨かろう、と思います・・・ [消費者洞察]

http://mizunoyutaka.blog.so-net.ne.jp/2010-04-08
で見たように、文太さんと江口さんは、今、親子、それも「分かり合うのにぎこちない義理の父子」役だったはず。
でも、これを見れば・・・

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(2010年8月29日自宅テレビ画面から筆者撮影)

もう、お芝居、設定など、どうでもいい、と。
だって、こんな「もうもうと煙の立つ焼き鳥屋」で、出くわした文太さんに「振る舞い酒」でビールを注いで貰ったら、もう、周囲の人達は、一生語り草に出来るでしょうから。

ならば、もうCMの設定など関係のない「素」の嬉しさ。
「乾杯」の歌。
昭和の「仕事帰りの一杯の旨さ」。
昭和の、映画スターの名に相応しい、数少ない文太さん、ですから。

げに、お酒の旨さは「いつ」「誰と」「どこで」飲むか、抜きには語れないもの、と。

たしかに、この国には「仕事の帰りに」「出会ったことそれ自体が嬉しくなるような人と」「雑踏のような焼き鳥屋で」飲む、そうしたビールの旨さが、たしかにあったのでした。

たしかにかつては緒方拳さん、勝新太郎さん、石原裕次郎さん、三船敏郎さん、今もお元気でおられるのか、高倉健さん、と、こうしたポジションに燦然と居た方々が映画界には居られたのでした。











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頼れる携帯ってこういうことだったのか! [消費者洞察]

小さいころの夢想のひとつに、分身の術(忍者マンガでいうところの、です)があった。
自分の代わりに学校へ行ってくれたり、自分に代わって知らないことを調べてくれたり、判断してくれたり、といった夢想である。
このCMを見て、あっ、それだったんだと思いました。

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(2010年5月12日自宅テレビ画面から筆者撮影)

影のように寄り添って、いつも手助けをしてくれる。
分からないことを尋ねれば、自分より何でも知っていて答えてくれる。
たいていの場合、生身の人間よりも物知りで、頼りがいがある。
何より時間や空間を超越して、広い社会と自分をつないでくれる。

もし身長184センチの、英語も堪能な、世界で通用する日本人男優の渡辺健さんが「分身」なら、本人よりも仕事だって恋だってうまく行くんじゃないか、といったことまでは別として(笑)。

執事、をいう携帯の広告もありましたが、一日24時間一緒に居て頼りになる分身、という今の多くの人にとっては、こっちの方がピンと来るのかもしれません。
だって、執事って現実のそのような方、見たことがないですから(笑)。

もっとも信頼している分身を、落としたり、壊したり、トイレに落としてダメにしたり、その際の「パニック」振りも、今後渡辺健さんが演じてくださるのでしょうか(笑)。
今後の展開も楽しみなCMです。






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木村カエラの出るCM。「まだ、ここにない出会い」をいうCM。 [消費者洞察]

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(2009年7月5日自宅テレビ画面から筆者撮影)
木村カエラさんが「ポット・ピット・プップ・ペッポ、ポッポ・ピッポ・ペッポ・プッポ♪」と、相変わらずの「軽いノリ」のお歌でご登場。
さらにスヌーピーたちが出るから、新しい楽曲の発売か、ゲームソフトか、はたまた携帯コンテンツなのか、何のCMなのか、なかなか分からない。
でも「ホット・ペップ」、ホットペッパーなのでした。
かつて学生がホットペッパーを「ホッペ」と略してましたが、略すのが大好きな我々の中で、どの程度「ホッペ」は定着しているのか、寡聞にしてその後聞きませんが・・・。
寺山修司さんが「書を捨てて町へ出よう」といって40年経ちました。
この外食、居酒屋、カラオケ満載の町と「ホットペッパー」が日常になり、たしかに学生などは(過去の大学生と比較して)本を読まないですし、何より出版不況の昨今から、寺山さんの謂いは、ある部分「予言が的中・成就した」のかもしれません。
リクルートの企業スローガンが、いつの間にか「まだ、ここにない出会い」に。
そう。
物的な世界ではなく、文化と情報の世界は「まだ、ここにない出会い」に我々が駆り立てられる世界。お腹は食べればいっぱいになりますが、頭は「いくらグルメ番組を見ても」「ホットペッパーを見ても」いっぱいにはならないのですから。新しいことに出会う価値は、人類誕生以来の我々の徴(しるし)。可能性への好奇心は二足歩行以来なのでしょうか。
豊かな社会の中だからこそ、あるいは、豊かな社会であってもなお、今の20代が「空気のように肯定する存在と価値」を言っている。
そう言えば、20歳前後とその後、私も「あらゆる刺激に貪欲であれ」とつぶやきながら生きていたところもありました。
そういった「我々の町と情報についての普遍的な欲望や望み」が、ホットペッパーと「まだ、ここにない出会い」に象徴されているように思われました。
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うんうん、そりゃ美味いって見ただけで分かりますよ! [消費者洞察]

きゃー、タッキー!
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(2009年6月11日自宅テレビ画面から筆者撮影)

タッキーがレストランでシェフしてたら、行きたい!
もしそうなら、さぞかしお店は繁盛するでしょうね。

とこの切り口なら、これ以上何も私にはありませんので別のお話(笑)。
今はオジサンですが、当blog亭主だって子どもの頃がありました(笑)。
「現代っ子」とか「鍵っ子」とか「テレビっ子」とか呼ばれて、都会の小家族のひとり留守番も多い、そんな新しい過ごし方をする世代の子どもでした。
だから、チキンラーメン、好きです。
カップヌードルはまだ発売前だったのかあまり記憶になく、その代わり今はもうない「カップ・ライス」というものもありましたが、やっぱりチキンラーメン。カレー味もありました。
で、子どもですから「熱いのが苦手」。
そこで「冷やすため」に牛乳を入れたことがありました。
親の眼がないから出来たのでしょう。
その味、実に「美味しい」記憶があります。
だから、食べなくたって、タッキーの作ったものの味、見ただけで分かりますよ。
ゴルゴンゾーラ・パスタ、なんて難しい、異国のものも知らなかった子どもの私だって(笑)。
そんな昭和中期の記憶とともにこのCMは見ました。
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たしかに山崎努さんの飲むビールは旨そうです [消費者洞察]

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(2009年6月4日自宅テレビ画面から筆者撮影)
液体としては同じ味のビールでも、いつ、誰が、どこで、何と、誰と、どう飲むか、で「味イメージ」は変わります。
それを百も承知で、広告に起用するタレントさんは決められる訳ですが、この山崎さん、苦みばしった、大人のオトコ、といえるような方の少ない今の世の中で、たしかにお酒を飲んで「そのお酒が旨そう」に思える、ど真ん中に一番近い方なのかもしれません。
とはいえ、私など(一応年齢的には「オトナ」(笑))には、トヨエツと山崎さんが温泉宿の卓球を、超スローモーションでなさっていた、この会社ではない「黒ラベル」の記憶が、山崎さんのお顔を見れば、まだよみがえるのですが・・・。
それも7年前。
うん、20代の方々に殆ど記憶と影響がなければ、良いってことでしょうか・・・。
う~ん・・・。
ま、それでも旨いキリンのラガー、ということで(笑)。
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さすがの貫禄。北大路欣也さんと中村敦夫さん。でも・・・ [消費者洞察]

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(2009年3月3日東急田園都市線車内にて筆者撮影)
お~~、出ました!
BOSSの新しいバージョン(とはいえ、宇宙人ジョーンズが終わったとは、贅沢微糖の例からも決められませんが)。
コピーがなかなか。
「食べてすぐ働くのヤじゃないですか。」
その通り。
昭和の頃はもっともっとゆっくり昼ごはんを食べて、その後お茶まで飲みに行っていたような記憶がありましたが、いつの頃からかコンビニ弁当を買って来て食べる、みたいな味気ないのがサラリーマンの昼ごはんになっていたのでした。高層ビルが増えると、昼、とにかく混むことも一因でしょうし、四六時中パソコンに向かって作業やらメールやら「個人で」作業をする仕事スタイルも関係しているのかもしれません。
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(同日、JR東日本山手線車内にて筆者撮影)
そうそう。
「食べてすぐケータイいじるのやめましょう。」
さすが言いにくいことをきちんと仰る。
常識を語る貫禄、なかなか若い者には身に付きません。
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(同上)
おお~~
「食べてすぐ忙しいフリやめましょう。」
ああ~~
そうなんだよな~~
要は「小心者」。
何だか忙しいフリしちゃうんだよな~~
貧乏性、とも言われたことあったよな~~
とはいえ、60代後半のこのお二方、昭和の記憶のない20代の方々にとって、何者かお分かりなのでしょうか?
少なくとも「ケータイ」へのコメントをなさっておられる方が「犬のお父さん」の北大路欣也さんと分かって見てるんでしょうか?時代劇のスター。
もうお一方は中村敦夫さん。木枯し紋次郎、お歳は北大路さんより3歳ばかり上のよう。その後国会議員もお務めだったですが・・・・。
こういったことは、この広告を見る上で、知らなくとも「大丈夫」なのでしょうか。
あれ誰?みたいな会話を「お昼ご飯の後」ご一緒に致しましょう、と(笑)。

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何分も考えさせられてしまう。ありきたりの広告にはないものを持つ広告。 [消費者洞察]

一日千数百とも数千ともいう数の広告に我々は晒されて生活を日々送るから、いちいちひとつひとつの広告など注意も向けない。けれども、雑音的な広告情報が多いということを理由として、「多額の広告費が掛けられない広告主は成果が収められない」、「声の大きい奴しか目立てない」と考えるのは短絡。露出回数が多い、広告費が多額、ということは「決まりきったことを馬鹿の一つ覚えのように繰り返す」広告となるから、またそれは無視されるばかりか嫌われさえする訳です。人に知性があると考えたらば、今のテレビCMの過半は「これだけ何回も言えば、頭の中に刷り込めるだろう」といった非人道的な広告主がいかに多いか。このことはもっと指弾されていいはず。何百回も同じこと言われて、誰がいい気持ちになるものでしょうか。
で、話は「仮に高額の広告費が掛けられない場合」でも、やり様はまだまだ追求できるはず、というお話が今回の本線。
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(2009年1月19日東京都目黒区にて筆者撮影)
自由ケ丘、なんて描いてありますから、殆ど一点ものの広告。地元のお店の広告でしょうか?
「ふわ丸」ってアルファー化度の高い、あの越後製菓のおせんべい、おかきのような「口の中でなくなるような」あの手のものなのでしょうか?
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(同上部分)
あれっ、東鳩でしたか。
ま、中田英寿さんの重役起用以来、ただの会社さんだとは思っていなかったですが、面白い会社さんだな、とまた思いました。
コーンスナック?
じゃ「カール」みたいなもの?
大人の舌に堪えられるものでしょうか?
このように何分間か考えさせられました。
であれば、もうこの広告、あまたの幾千の広告雑音から抜け出れた、といっていいのではないでしょうか。
あまたの「広告の常套句」からいかに抜け出すか、は昭和3、40年代からご活躍のCMプランナー山川浩二さんの頃からの「広告の要諦」のようです。山川さんは常套句をきちんとフランス語で「クリシェ」と仰います。
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ネットならではの広告、頭が下がります。 [消費者洞察]

当Blogがネットのことに触れる頻度が少なく、触れてもその社会的によろしくない状況、自主規制も法も及ばないような実践批判が主であることは、20代30代で現役で「広告に仕事として携わる」様な方々には、さぞや「物足らない」ものに思えるであろう。たしかにその点は、当Blog亭主が20代30代ではなく、また現役で広告ビジネスに携わっていないがゆえの「限界」ではあろう。もちろん、それゆえ見えてくることもある訳です。
したがって、ネットを前提として今後も10年20年とビジネス当事者になるのならば、梅田望夫さんのこの名著のご指摘の通りです。


ウェブ時代をゆく ─いかに働き、いかに学ぶか (ちくま新書)

ウェブ時代をゆく ─いかに働き、いかに学ぶか (ちくま新書)

  • 作者: 梅田 望夫
  • 出版社/メーカー: 筑摩書房
  • 発売日: 2007/11/06
  • メディア: 新書



外国語をひとつ、Blogを書くといったレベルではなくWeb技術や言語を同様にもうひとつ、ふたつ操れてこれからの時代のビジネスマン、と。
ネット上のアイディアについて、それは面白そうだ、と思ったらば「試しに自分で作って見ることの出来る」人はそうでない人とは比べ物にならないほど、例えば英語で本当に「同時通訳者」になる必要は無いけれどたしかな仕事が出来るように、ネット理解の深さは、たとえ自分で「ウエブ・デザイナー」をしなくとも、格段にたしかな仕事が出来るでしょう、と。
もし当Blog亭主が20代30代ならば、この梅田さんのご指摘の通りに致します(英語は、ま、汗を掻き掻き、ですが、汗)。

ですから別段ネットを無視している訳ではありません。
このような事例にはただただ「あぁ、さすが、作った方も、触れた方も、さぞや、お互い嬉しいだろうな」と思う訳です。
この新春から、Blogに貼り付けるような形式でソニーさんがハンディカムの「広告」として配布なさっておられます。



この「REC」のところがさすが。
でも用意された映像の水準もまたさすが。
したがいまして「星5つ」です。

彼方の「大人」と「小人」の我を考えさせる成人の日 [消費者洞察]


未熟者の天下―大人はどこに消えた? (青春新書)

未熟者の天下―大人はどこに消えた? (青春新書)

  • 作者: 野村 一夫
  • 出版社/メーカー: 青春出版社
  • 発売日: 2005/12
  • メディア: 新書


さていい歳をしながらも、自問自答すれば、はたして自分は「大人」になっているか。そうではなくて「大人にならずに」生きて行ける、あるいは生きて行く価値もあることに気付かされる一冊だった。例えば「仕事」ひとつとったって、身体も使わず技術とも関係のない、「抽象的」な仕事を行うホワイトカラーなる仕事が労働者の最多数という社会。ここに「大人」を持ち込めば、下手をすればただの「処世術」。だったら「大人にならない」部分も大事にしましょう、大事にするべき、大事に出来るありがたい社会、と考えさせられました。
でも方やには、あの鷲田清一先生と内田樹先生という当代切っての哲学者、教養人が最近こんな洞察もお示しです。


大人のいない国―成熟社会の未熟なあなた (ピンポイント選書)

大人のいない国―成熟社会の未熟なあなた (ピンポイント選書)

  • 作者: 鷲田 清一
  • 出版社/メーカー: プレジデント社
  • 発売日: 2008/10
  • メディア: 単行本



たしかにネット上の「匿名」の書き込みが「攻撃的に」ならないように、また「攻撃的な」ことが(匿名の)「正義感」に裏打ちされがちなこと、それをいかに克服するべきか、はさすがに内田先生の仰る「大人」にならなければならない、と思った次第(ちなみにこのBlogは顕名主義に傾斜するべきだ、と思いました)。
さほどに難しいのが現代の「大人」なのでしょう。
いざ問われて、誰が堂々と「私は大人だから」と言い切れるか、というそんな気分で多くの人が生きている、と言っても過言ではないのが現代社会なのでしょう(子どもの参観日とか、親父の会とかの特殊な状況は別ですが)。
で、成人の日。
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(2009年1月12日朝日新聞から筆者撮影)
誰もが「彼方」と思うような「大人」と、日々半径5メーター以内のことばかりに拘泥する「小人」の我に思い致させる。20歳向けの広告に見せながら、20歳以上のすべての人に、考えにくいことをキチンと考えさせてくれる。
おそらく、いい広告のひとつには、こうしてなかなか考えにくかったことを考えさせてくれて、日頃の生活の向こうに、なすべきこと、ありうべきことのあることに気付かせてくれる、そんな類のものがたしかにあること、思い出させてくれました。
「山崎」なんて20歳むけじゃない、なんて今回は申しません。
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長澤まさみさんのカルピスの広告起用は「ど真ん中」と思う [消費者洞察]

タレントさんの起用は、特に大手広告主の場合、単に「知名度」や「アイキャッチ」で決めるものではない。
当該の起用ブランド、商品のイメージとタレントさんの持つイメージの出会う「関係」や「シナジー」が考えられ、自覚されるのが平成の常識。もちろんただただ「アイキャッチ」、「話題性」を主眼に、SMAPなどのビッグネームと契約なさる「鈍感な広告主」も少なくはないですが、極めて短期に「その起用の無駄さ」が「切り替え後、跡形もなく忘れられる」ことから証明されます。考えの浅い広告主宣伝部は、そのため「企業にとっての獅子身中の虫」といえることになる、と思います。ただし、ビジネスの世界では「支払う方」が強いですから、「裸の王様」状態を誰も咎めない、といった状況が引き続くことになる、と考えられます。
で、このブランド、商品とこの方の場合。
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(2008年11月1日JR東日本恵比寿駅にて筆者撮影)
おそらく、幼稚園児として、長澤さんのような「幼稚園の先生」に「ぎゅー」とされた感触が「カラダ」に感じることが出来れば、もう、それってこのブランド、この商品の一番肝心なところが、忘れられなく、別ちがたく一体化するのではないでしょうか。
ま、こんな先生と幼稚園で出会っていたならば、私の性格も随分と変わったかもしれない、などとまで私の場合は思います。
哺乳類に乳製品。
加えて発酵、あま~く加糖。
もうそれって「カラダにぎゅうっと」。
誰も逆らえるものではないのではないかと思われるのでした。

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たしかに東京の人達にとって「テロ」とは地下鉄サリン事件でした。 [消費者洞察]

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(2008年6月14日東急バス車内にて筆者撮影)
ブッシュ大統領の言う「テロとの戦い」が念頭に置くのは「9.11.」。
で、サミットを控えた東京は「テロ厳戒態勢」。
それに警察官以外の一般住民も協力を呼びかけられています。
一番、東京の人達にとって「テロ」をピンと来るように表現するのは、そう、あの不幸な地下鉄サリン事件だったのでした。
当時、地下鉄(まだ東京メトロとは言わなかった)日比谷線に何分か前に私も乗っていて、ヘリから写された築地本願寺前の映像を「ガス漏れか何か」と思いながら、勤務先のテレビ画面を通じて思った記憶があります。
たしかに東京の人達にとって、はじめての「テロ」とは、あの忌まわしい地下鉄サリン事件でした。

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日本ではや11年目のスタバ [消費者洞察]

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(2008年5月17日東京都中央区八重洲のスターバックス店内にて筆者撮影)

日本でのスタバは昨年10周年。
それを記念しての、日本で過去販売された「コーヒー豆ラベル」を素材にしたポップアートが八重洲店内では内装の一部として掲げられる。
世界中どこでも同じ、という「ユニバーサル」な、効率化して経済的合理的成果を上げる、という「モダン」な、そして、アメリカ的な大量生産、大量消費の属性である標準化の持つ「単一性」、などの価値観の対極を謳う。
土着的な、非近代的な、多様性。
コーヒーと人類文化と現代批判はこのスタバのもつ主張であり、多くの先進国の都市居住者に支持されている。
短くも、深いこのチェーンの10年を思う。
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「辻利」というペットボトル入り液体日本茶はどう見えているのか? [消費者洞察]

加工食品・飲料の業界では既に「伊右衛門」は10年に一度の大ヒット。
で、たしかに「伊右衛門」発売当初からしばらく(2004年ごろ)は「京都のお茶と静岡のお茶(先行する「お~い、お茶」)のどちらがおいしそうか」という論点が成立し、「そうだな~、京都かもな~」と思う人が「伊右衛門」を支持した。
ところが、
http://blog.so-net.ne.jp/MizunoYutaka/2005-07-07-1/trackback
のような2005年には既にキリンの後追い、さらには
http://blog.so-net.ne.jp/MizunoYutaka/2007-10-11/trackback
のような2007年にはコカコーラの後追いと続いて
京都かどうか、は既にそのことだけでは突破口、つまりは新ブランドの市場機会にはならないことは明らかである。キリンの「茶来」は既に、現時点では実質的に市場撤退していると見られる。宮澤りえさんが中山美穂さんより人気だとか、本木さんと2人だからとか、そんな次元の話でもない。
2006年にはアサヒの「若武者(オダギリジョーさんが刀を振り回す武士役)」の参入も不発。和風、江戸時代風、といった「伊右衛門」ミー・トゥー(me too;真似し)が、そのレベルで有効かどうかは疑問なのだ。
ところが、今回昨年あたりからだろうか、この後追いがまた出ていて今回新しいCMがオンエアされた。
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(2008年4月22日自宅テレビ画面から筆者撮影)
発売元はJTである。
篠原涼子さんが、寝転びながら(?)ご丁寧に、「老舗のお茶?どーでもいい。嫌いじゃない。」と味が良いから良いことを仰る。
でもね、「味が良い」ことをいかに他の何かを通じて表現しようとするのは、加工食品・飲料広告の「お定まり」。
それを、こんな論点ミー・トゥー。
「辻利」というペットボトル入り液体日本茶はどう見えているのか?
JTの「伊右衛門」に見えていれば良い、というご判断でしょうか?
でも、JTの「伊右衛門」に見えるかどうか、も大いに疑問であります。

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イケアに限らず「シャトルバス」はもっとあっても良いのでは? [消費者洞察]

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(2008年4月17日東急目黒線某駅にて筆者撮影)
商業立地や商業集積については、ご専門の方々が居られるし、私自身あまり知識のないことも承知している。
とはいえ、このようなイケアの専用シャトルバスの「広告ポスター」を目にすると、いかにこの類似のものを見掛けることが稀であるか、という思いがする。もっとこの手があれば、行動範囲が広がるのに、という思いである。
むろん、御殿場のアウトレット、東京ディズニーランド、名立たる地域一番店デパート、ご当地ナンバーワンホテル、空港、あるいは自動車教習所、大学キャンパスなどへは、専用シャトルバスも利用されているのだが、もっとこうした「直行の手楽さ」を考えても良い地域や業種があるように思われました。
例えば「主要駅から『病院』まで」、「最寄り駅から屋台村まで」、「乗換駅からシネマ・コンプレックスまで」、「旧市街地商店街まで郊外から」・・・。
タクシーや代行、またウロウロ迂回する路線バス、ちょうどうまい具合に路線が走っていない鉄道が感じられる場合、皆「専用シャトルバス」の機会が示されていると思うのです。
自家用車利用を削減する、と考えれば「役所の補助」も出るかもしれません。



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