松ちゃんも、浜ちゃんも、お疲れ様です・・・ [造形デザイン]


(2012年4月9日JR西日本東海道線某駅にて筆者撮影)
缶の絵のデザインが(どのようにか、どの程度か、は存じませんが)変わった、ということだけのお知らせ。
ま、通常は「そんなことくらいで何を言うの?」という感じだけれど、そこを何とかしましょう、というのがこの吉本ダウンタウン一派と広告会社の課題。
でもね、本来は「中身(味、原材料、製法・・・)」が変わったから「缶の絵のデザイン」もそれを示すために変える、というのが中身と記号の関係のはず。
いや、そんなものじゃないのですよ、といかにも訳知りな解説も聞こえてきそうですが、中身が変わったと分かる変化を伴わない、意匠だけの変更のどこがいけないのか。
それは「消費者期待の減耗」を招くから良くないのです。
この10年余の間、ビール類でいったい何種類の新製品が世に出、なくなったことか。
その結果、期待の減耗は、ビール市場の10年での半減と「低価格ビール類」への代替を招いた、と言う解釈ができるのです。要は「価格以外の差異がいかに小さかったか」ということ。
缶コーヒーもその轍を踏みますか?
ワイヤレスだからいろんなことが起きそうですね(遠い目) [造形デザイン]






(2011年12月22日自宅テレビ画面から筆者撮影)
時代だな、と素直に思って、一瞬後に、いやいやいろんなことが起きそうだ、とも思った。
だって、親機(イヤフォンじゃない方)を複数の男子が持っていて、混線したらどうか。
あるいは、横から、まさに「横恋慕」、邪魔してやれ、みたいな親機持ちがいたらば邪魔ができるのか。
そもそも、選曲が気に入らなければどうするのか。
そうか、曲が気に入ったらば、「あのー、それ、ボク」とか言って名乗り出るのか。逆に、選曲が気に入っても、その本人の男子が気に入らなければどうするのか。
ヒット曲を「虎の威」にしている感も(笑)。
さまざま、遠い昔を懐かしくも、思うような商品であり、広告、と。
たしかに見違えましたが、私は入らないと思います・・・すいません・・・ [造形デザイン]
(2011年11月26日東京都世田谷区にて筆者撮影)
えっ?
(同上)
たしかに「マクドナルド」です。
ふーん。
(同上)
イスも、ちょっと良さそうなのが、窓際には見えます。
中のは、座り心地はいまいちっぽいですけど。
好業績の伝えられるマクドナルド。
こうした店舗のイメージチェンジのためのリニューアルも、周到な計画に沿ったものなのでしょう。
中身は同じでも、これで行く頻度の上がる方々もいらっしゃる、と。
ま、当Blog亭主は、もはや「ターゲット層」ではないんでしょう。
やっぱり行く頻度は低いままです・・・すいません・・・
クリスマスの汐留、ハリーポッターの六本木ヒルズ [造形デザイン]
ここは電通、日テレ、資生堂と広告業界にもとても関係の「濃い」場所。
季節柄、クリスマスの飾りつけが「今的」でした。
(2010年11月19日東京都港区汐留にて筆者撮影)
広告業界、民放界の業績はともかくも、なかなか凄い飾りつけ。
ま、このエリアの集客に努力しないと、テナントが「高い家賃に音を上げる」ゆえの大家さんとしてのサービス。
お疲れさんです(笑)。
ここに限らず、六本木ミッドタウン、赤坂サカス、と東京は東京で「話題スポット間競争」もたいへんですから。
で、六本木ヒルズにも行きました。
基本は当Blog亭主は「ミーハー」ですから(笑)・・・
(2010年11月21日東京都港区六本木にて筆者撮影)
「最後の始まり」だそうで、あらかじめ「パートワン」とか。
商売商売であります。
ま、中身は(だから)宝の数を多くして、みたいな感じを持ちましたが・・・
「水の滴る大カンバン」が東宝さんの豪気なところ、と。
で、六本木ヒルズ。
こっちもクリスマスの飾りつけは当然ありましたが、こんな「今的」も・・・
(同上)
スマートフォン以外はプアー(馬鹿)フォンと言うと、中学生の子どもも解説してくれます。
で、しかし、六本木ヒルズの「豪気」はここに極まれり、と思ったのがこの「駐車場契約料金」。
(同上)
あのね。
こりゃ、このクルマ一台分より「お安い」お住まいの家賃の方々、多いでしょう。
何だかなぁ、という「東京盛り場スポット」でした。
私は見るたびに「落として壊す」ことばかり想像しますが・・・ [造形デザイン]
ま、そんなこととは相変わらず当Blogは基本的に関係なく(笑)・・・。
(2010年6月23日自宅テレビ画面から筆者撮影)
久々の「製品がヒーロー型」の広告表現が可能な、それ自体が「世界的に行列」。
ま、この手を見る際には、モノのなかった時代、あるいは高度成長期、「広告さえ行えば、あるいは行わなくとも、知られれば自動的にモノが欲しがられた時代」の息吹きもかくや、と思わされます。
でも、当Blog亭主は、このCMを見るたび、アイパッドのことを思うときは必ず、「落として壊す」ことばかり想像してしまいます(笑)。
だって、画面を下にして、この「取っ手」も「ストラップ(腰のベルト通しにでも括りつけておきたい・笑)」もない、板を「落っことす」のは、いかにも容易いことに思うのですが・・・。
ま、お詳しい方は「壊れればそれまで、修理を前提としていない『接着剤』でフイルムを重ねたような作りだから」と解説してくださいましたが、それって「大事なデータの失われやすさ」を仰ってるんじゃないでしょうか・・・。
そんなことばかり言うオジサンは「ターゲット層」、あるいは少なくとも「飛び付き層」ではないのでしょうね(笑)。
ムジならばこそ [造形デザイン]
ま、「国民の生活が一番」じゃなくて「我が党の選挙が一番」みたいな、あの幹事長さん、今回は国民を舐めるのもいい加減にしろ、みたいなしっぺ返しが期待されるのですが・・・と良くも悪くも「これは広告的な」といった思いをしましたが、それはともかくも(笑)。
今や雑貨類では最強ブランドとも言えるムジ。
MUJI、無印良品です。
だから、そうだと分かって見ればこんなものでもちゃんと「見るに値」する、と。





(2010年5月6日自宅テレビ画面から筆者撮影)
フットカバーっていうのですか。
ま、何というか「靴下の出来そこない」のようなもの。
これがMUJIなら「おしゃれ」(笑)に見えるのかもしれません。
私には一度この手を履いたらば「足首がすーすーして」(笑)、風邪を引きそうになりましたが(笑)。
ヤワラちゃんも「ロンドンオリンピックで金メダルを目指します」と言いつつ、選挙、国政。
ご本人的には、何卒お風邪をお召しになりませんよう(笑)。
幹事長には一回「背筋がゾー」っとして頂きたいもの、と(笑)。
メルセデスEクラスカブリオレ・・・久しぶりに良いなと思ったCMで知ったクルマ [造形デザイン]







(2010年4月24日自宅テレビ画面から筆者撮影)
おっ、メルセデスのカブリオレ!
Sクラスのそれをバブル期に欲しくて、店頭でただただ眺めていたなら「予約で半年待ちです」と聴いた思い出がある。
で、Eクラスにも登場と。
大型犬が「ホロ」を閉じていたらば乗らないが、「ホロ」を開けたら乗り込んだ、というお話。
大型犬は、たしかに、一番メルセデスのカブリオレと同じ。
贅沢、生活の余裕のみせびらかし、他人の眼、知らない他人には獰猛で、維持費が掛って、所有者にしか分からない楽しみ、味わいがある。
趣味が悪いとも言わせない、社会的な承認もある、稀なアイテム。
風を、大型犬と一緒に感じるカブリオレ。
あぁ、人生の中で一度は持って良いな、と思わせました。
で、HPで価格を見れば、やはり1000万近い。
500SLC(5リッターSクラスロングボディ、クーペのカブリオレ)が当時だいたい1500万と記憶しているから、もうちょっと何とかなりませんかね~、といった感じを持ってしまいましたが・・・。
とはいえ、私には、久しぶりに良いなと思ったCMで知ったクルマ、でした。
アバターを見て神田うのさんをずっと思っていた私って・・・ [造形デザイン]
基本ミーハーの当Blog亭主も年末年始の休みに行ってきました。
先に、通常の週日の昼間だったせいもあって、3人しか『This is it.』の時には入っていなかった映画館も満席でした。


(2010年1月3日ミズーリ州某所の映画館前にて筆者撮影)
3Dもなかなか良くできていて、聞き取りの不十分な外国人の私にも楽しめたのは、やはり映像の持つ力。この別売の眼鏡も「赤」「青」の偏光眼鏡ではなく、一見なぜ立体に見えるのかが素人には分からないすぐれものでした。

(同日持ち帰って筆者撮影)
映画自体は、アメリカの他国への侵攻はかくや、とも思われますが、最後に「アメリカが(自然破壊者側として)負ける」ところが「今的」かとも、これの日本版が『もののけ姫』に相当するのか、とも思われました。
とはいえ、見ている間中、ずーと、ヒロインの「アバター(地球外生物)」の顔が誰かに似ていると思ったらば、しばらくお見かけし損ねている、あの神田うのさんか、と思い当りました。
彼女以外のアメリカ人がモデルとのことですが、はたして日本では彼女のコメントは発表されているのでしょうか。世界で「私と似ている」と名乗り出る人が、当然たくさんいるでしょうから、そういった方々を並べて見てみたい、などと余計なことも思いました。
ちなみに、パンフレットは買わなかったので、このヒロインのお顔がはっきりと映っているのは、何とマクドナルドで見た「トレイに敷いた紙」(笑)。
著作権やら考えてもブログ画像もなかなか大変です(笑)。

(2010年1月10日ミズーリ州某所のマクドナルド店内にて筆者撮影)
いかがでしょうか。
マクドナルドは今「アバター」協賛中でした。
ま、興行成績が良いので大丈夫そうですが、CG製作の資金はべらぼうだったはず。
ハリウッドの「スポンサード」は、映画の中だけではない(当然)こうした協賛企業スポンサード資金も織り込み済みでなされるのが常識ではあります。


(同上)
22世紀の設定の映画の中にマクドナルドはさすがに出しにくかったようでした。
見本はホンモノのニセモノではなく見本にこそできることを・・・ [造形デザイン]
(2009年4月16日大阪市営地下鉄西中島南方駅にて筆者撮影)
どこにでもある飲料自動販売機。
でもよくみれば、この見本はホンモノではありません。
ま、ホンモノは無駄だし、この方が後ろからの照明をうまく受けて夜間電気代が効率化しそうだし、また中身の劣化の心配もなさそうだし、この手のセットされた見本で「中身(コラム)の厳格な補充オペレーション」も可能になるのかもしれません。
ところが、よく見るとこれが・・・
(同上)
そう、見本はホンモノのニセモノではなく、見本にこそできること、として「冷茶」の湯飲み茶碗と「氷」が何と「立体」に飛び出ているのでした。
ホンモノでこんなことをやれば、引っ掛かって「モノが出てこない(笑)」おそれさえあります。
だから、見本にこそできることを追求した、という工夫。
見本(買われるためのモノと魅力の提示)は買われるものとは違う。
何だか、広告の要諦に通じるような、買われるためのモノと魅力の提示、と思った次第でした。
京都では「全国統一イメージ」を貫けません [造形デザイン]
(2009年1月3日京都市にて筆者撮)
事例は銀行に限らない。
(同上)
この他にも写真には撮り損ねたが、全国チェーンのコンビニの事例もあった。
様々なことを思う。
ひとつには、こうした実践事例が多くなると、さすがに「京都ではそう出来ている」と具体例が確認できるから、観光地として景観を守りたい他の地域でも、同様の規制が地方自治体単位に増えていく、と予測できる。
と、なると、お客さんの方では「あれっ、これ偽者かな?」といった疑念や誤解もありうるかもしれない。
したがって、そうした規制地域の増加を視野に入れつつ、かつ一般消費者の誤認を防いで、イメージ統一を維持するためには、今後全国展開する企業においては「あらかじめ規制地域でも大丈夫なビジュアル計画」がなされるようになるであろう、という予測も成り立つ。京都でも大丈夫なように、ということを織り込んで「全国統一イメージ」が考えられなくてはならない、そういった「企業側認識」が広告主側、広告会社側に認識されるだろう、ということだ。
20世紀、赤や黄色をはじめとして原色のけばけばしい、また塗色面の大きい「目立てば勝ち」みたいなCI(コーポレート・アイデンティティ)、VI(ビジュアル・アイデンティティ)計画が乱立した、とこうした社会環境変化においては、相対化がなされるのだ。
そう考えれば、消費者金融、外食産業、大手小売業などの店舗外観についての「全国統一イメージ」作り、あるいはその維持は、確実に改変される度に、街の景観、街の風景を「おとなしく」して行くことになる。
対応しないような企業は、おそらく「目立つこと」それ自体で社会的に、常に指弾される、ということにもなりうるから、配慮のない企業は「眼に見えて」淘汰されることも考えやすい。
何年か、十何年か、経過した後の「この国の街の風景」が楽しみである。
広告と社会はたしかに「21世紀」には違う関係を示している、そう思わせる重要なひとつの領域、それが景観規制なのである。
どうしても生理用品に見えるマーク。私だけのことでしょうか? [造形デザイン]
(2009年1月8日自宅テレビ画面から筆者撮影)
広告やマーケティングについて、一応専門という立場からかこのCMを見るたびに某K社の「女性用生理用品」のCMか、とばかり思ってしまう。
もちろん、羽のマーク、あるいはシンボル的な絵柄は、誰が使ってもいいものだろうし、このランドセルの場合は「重さを感じない」という訴求点から、ネーミングへと一貫するコミュニケーション要素だから、お考えは分かる。
とはいえ、テレビCM全体、企業の発信する情報全体、そしてその記憶の中では、残念ながら圧倒的に月のマークのK社の生理用品のマークになってしまっているのではないか。青と白の色使いもそうであることにも気付いた。
こんな感想は私が「広告とマーケティング」に染まっているからゆえでしょうか?
それとも、多くの方がそうなのでしょうか?
皆様いかがでしょう?
楽しくてカッコイイジャパンのカップヌードル [造形デザイン]
今時の「カッコイイ日本」Japan Cool の中身だろうか、少なくともブラジルの「今の日本」についての知識が分かる。
ゲイシャ、オタク(?)、ピカチュー、スモウレスラー(下記の順)である。
それぞれが「円谷怪獣」の中にあしらわれているのも面白い。








ま、こんな面白い国が、他にどこにありますか、といった感じさえします。
ファイナルファンタジーやポケモンの話を出せば、2、30年後には、参加各国のお偉いさんが集う「国際会議」でも、すべての参加者が共有できる唯一の「子どもの頃から知っている懐かし話」として盛り上がれる、そんなことも夢ではない、との話もあるとのこと。
面白さの一証拠でした。
ゼロ系新幹線車両は昭和の顔だった [造形デザイン]
(ネット上から著作権明示のない図像を筆者取得・加工)
ゼロ(0)系と呼ばれる新幹線車両が先月で現役から去ったとのニュースが溢れた。
40年以上の間、「夢の超特急」と呼ばれ、大阪万博も経、JRの分割民営化も経、平成となって以降20年間も走ったとは驚きである。
多くの識者が車両については述べておられると思う。
私にとっては、このお顔、なんだか手塚治漫画の主人公のようなお顔に見えて仕方がありません。
丸顔。
眼が無表情ながらも、童顔で「正義の味方」っぽいあり様。
おそらくは、昭和30年代のデザイナーにとって「未来の顔」とはアトムのような顔と意識されたのではないでしょうか。
そう考えれば、サンリオの代表的キャラクターや、ぴちょんくん(ダイキン)、などにもこの路線は踏襲されている。
ゼロ系新幹線車両は、多くの人々の記憶の中で、正しく昭和の顔だった、と言えるのでしょう。
お疲れ様でした、と言いうる擬人化された彼。
もっと色んなクルマの使い方があるようで・・・ただし安全な限りで、ですけれど・・・ [造形デザイン]
でも「百も知ってるマークや社名」を描いたところで、何になるのでしょうか。
日本の常識を打ち破るだけで、それだけで随分と面白いことが出来そうに思う、そんな事例をネット上ではいっぱい見ることが出来ます。

(露出地、アメリカ・フロリダ州、露出年、不詳)
もう街を半日走るだけで、レッドロブスターの新規出店はその街で充分に知ってもらえるはず。

(露出地、カナダ、露出年、不詳)
ややおとなしいですが、タイヤだけででも、このすし屋さん、街の方々に「あっ、寿司のケータリングやってるんだ」と出会う度に思ってもらえること請け合い。
でも、この手はもっと凄い。

(露出地、シンガポール、露出年、2007)
何だかよく分かりませんが、実物の「ミニカー」への見立て。
ついついじっと見詰める観光客などがターゲットなのでしょうね。
ところがその上に、

(露出地、シンガポール、露出年、2006)
ぎゃー、です。
シンガポールはクルマをいじるのがお好きな方々とそのことに寛容な方々の多いお国柄なのでしょうか。
ま、コックローチ・カーのお話(むしろ家に来て欲しく思ってもらえなかった=家の前に停まられればそれだけで家にコックローチがたくさん居たことが近所に一目瞭然なので=駆除会社のサービスカーのデザインとしては失敗事例として)はアメリカにもたしかあったように思いましたが・・・。
でも、日本にもこの事例がありました。

(露出地、日本、露出年、2007)
あっ、そうか。
この会社はたしかタイランド。
あのあたりの「クルマ観」とこのクルマのデザインでのPRは深く関係しているのかもしれません。
皆様のご存じの事例を是非お知らせくださいませ。
パノラマ地図の楽しみ [造形デザイン]
それに合わせてか、私は初めて見たのがこの広告。
(2008年11月6日大阪市営地下鉄御堂筋線淀屋橋駅にて筆者撮影)
子どもの頃、飽かず眺めていたパノラマ地図を思い出す。
ただし残念なのは、プラットフォームから天井部分を眺める場所に掲出されているので、昭和初期のチューブ型のこの御堂筋線の駅天井部分は「細かく見るには」やや遠いこと。
それでも、この程度には楽しめます。
(同、京都市内部分)
(同、大阪市内部分)
我々を、別の世界に一瞬いざなう、こうした「鳥の目」、鳥瞰図。
もうちょっと遊んでくれても良かったけれど・・・。
江戸は西を上にして認識すれば・・・ [造形デザイン]
若林先生はもっと原初的な事例を挙げ、根底的な都市社会学的考察をなさるけれども、今回私が気付いたことは、もっと今日的な「大阪についての新たな視座」。
(2008年10月22日東京都目黒区の公共施設内にて筆者撮影)
おおっ、と思いました。
これは「大阪の地図」ではないのです。
(同上)
江戸は、徳川家康によって都市計画されたいわば人工都市。だから、そのモデルには大阪なり他の先行する大都市が意識されたはず。でも、我々は「地図は北が上」と習ってそれに疑問を感じないから「こりゃ何だ」、「大阪の地図か?」と今回思ってしまってこれを見るのです。
実際大手門からまっすぐ伸びるメインストリートは、江戸の場合「東」に向かっていますから、京都風の条里制から考えれば「東を下にして描く」のは、むしろ自然な認識だったと言うことも出来るのでしょう。
へ~、ふんふん・・・。
(同上)
たしかに、住宅地の地価は大阪では北・西に高い。
で、東京は南・西に高い。そのことがこの「西を上にして描くこと」で見事に重ね合わせて見ることが出来るので興味深い訳です。
摂津の国は東京で言えば、もう港区あたりから分断されて兵庫県になり、中心は、和泉(千葉)や河内(埼玉に近い千葉)とくっつけられて大阪府という人口的な置県が成された、と見ることも出来る。
仮に、兵庫県と大阪府の旧摂津国だけを和泉や河内から切り離せば、東京的に言えば「城南・城西」が墨東から切り離されたことになる。
誰かが大坂(当時は大阪ではなくこっちの字だったですね!)を地盤沈下させようと企んで、摂津分断工作を行おうとした、という説を聞いたことがありましたが、何だかとても納得が行くのです。
大阪が大久保利通の考えたとおり首都になっていれば、東京(江戸のままか?)の千葉・埼玉一体化と城南・城西の神奈川県化で東京の力を削ぐことになったのかもしれません。
ちなみにこの地図は1848年製。
(同上)
幕末期にも「大阪的」つまり上方的な江戸湾をこのように「左下」に描く「空間認識」のあったことも確認されます。
諸々思う我々の中の歴史、認識の構造、権力のありか、ものの見方・・・。
女性には関係のない話で恐縮ですが・・・ [造形デザイン]
女性には関係のない話で恐縮ですが、秀逸です。
(2008年7月26日JR東海新幹線車内にて筆者撮影)
この3つの三角印が、清掃時の手間、衛生状態の維持に極めて大きな効果を持つだろうことは間違いないと思われる。誰に教わるでもなく、男子はこのような「的」があれば、「的」に目掛けてことを致すのだ。
おそらく、長年にわたって多くの便器デザイナーは、その形状や大きさ、あるいは材質、加工等に至る様々な工夫で「こぼさないよう」に使用者を仕向けるデザインに苦心していたに違いない。
で、あるとき、使い手の行為、その内実に立ち戻った際に、このような洞察が得られたのだろう。
行為は使い手にだけあるわけでもなく、対象物だけにあるわけでもなく、その間のこのような心の動きの中にその肝心なところがあって、細部に宿る大事なことをキチンと聞き分けたデザイナーの仕事がここにはあるのだ。
ショッピングバッグのデザインはたしかに「持つところ」のあることだから・・・ [造形デザイン]


(ネット上から筆者取得。露出地:ベルリン、露出年:2007以前)
どうやらこれは「爪を噛む癖」を直すためのクスリというか矯正用の薬剤の広告のように思える。
持つところに手が来るのは間違いない。
訴求したい製品ベネフィットが一目で分かる。
これを持って町を歩く人を何人が見るか、と考えれば「卓越した広告事例」と言えよう。

(ネット上から筆者取得。露出地:ドバイ、露出年:2007以前)
お買い物中、お子様の手をお放しになりませんように、と解することが出来よう。
迷子ですまない、誘拐などのトラブルにこんなにうまく注意されると、日本の館内放送での同様のアナウンスの知恵のなさが明らかである。

(ネット上から筆者取得。露出地:ベルギー、露出年:不詳)
これは鴨の販売促進か、野生の鴨の保護(乱獲か密猟の反対)を言うものか、どちらか。
言葉がわからなくとも、これを持ち歩けば一目でその国では言いたいことが分かる。
コトバ、お分かりの方。ご教示ください。

(ネット上から筆者取得。露出地:中国、露出年:2007以前)
これは「グリーンピース」。
野生動物保護にあなたの手を貸してください。
うまい。

(ネット上から筆者取得。露出地:英語圏と思われるが不詳、露出年:不詳)
献血の呼びかけ。
知恵とはこういうこと、とやはり教えられる。
モノであるショッピングバッグをデザインする、そういったものづくりに携わる方々の知恵と工夫が、あまたの地域では追及され、楽しまれ、上手に利用され、おそらく街行く人に大いに注目されている。
それに対して、日本の多くの同じモノ、同じモノに携わる方々の様態はいかがか。
屋号だけなら、たいていもう知らない人はいないでしょう。
何かをコミュニケーションする、そのことに知恵を使って良いお仕事、是非お願いします。
松井選手の燕尾服と牛丼から思うこと [造形デザイン]
(2008年3月18日大阪某所にて筆者撮影)
何が「ありがとう」で何が「燕尾服」なのか、一瞬様々に分からなかった。
ひとつは、この大選手。いまだ独身でおめでたではない。したがって燕尾服、似合わないな~という感慨。松井さん、かの地で独り身、まだまだ続きますか?
もうひとつには、あっそうか、未だ牛丼原材料の関係で24時間販売ではなかったんだ、という再確認。
ま、こうして何度も「再開」が言えるのも1回よりも良いことか。
でも今回一番私には気掛かりだったのは、松井選手の大きな身体に比べれば「並」のドンブリが「あまりに小さく見えて」ありゃりゃ、と言う感じ。もっと牛丼は「たっぷり感」「てごたえ感」で勝負でしょうに・・・。
せめて大盛のドンブリをお使いになってたほうが良かったのに、などと思うのでしたが、ひょとしてこのドンブリ、大盛用でしょうか。
松井さんの豪快な世界水準と、ドンブリの大きさが逆の「コントラスト」効果を持ってしまった、というお話です。
もはや「color」といえばブラビアか [造形デザイン]
先日は北米のテレビモニター売り上げナンバーワンになったと報じられたブラビア。
南米アルゼンチンでの2006年の広告がこれ。
屋外広告か雑誌かあるいはネットか露出メディアは残念ながら分かりかねます。




(ネット上から筆者取得)
もはや「color」といえば、世界的にブラビアと言わせんばかりの広告。
私自身はアート教育は受けていませんが、グラフィックデザイナーのお仕事としては「楽しい」んでしょうか。それともあまりに「アート」そのものが試される課題なので「お辛い」のでしょうか。
しかとは分かりかねますが、後者のような気も致します。
(ちなみに絵は動いていません。知覚の錯覚です。念のため。)
ブランド×デザイン×USP [造形デザイン]






(2008年2月2日自宅テレビ画面から筆者撮影)
あのマックのノート「Macbook」。航空便用封筒に入る。世界最薄。
ブランドは強いは、デザインは良いは、他にはないウリはあるは、もはや怖いものがない。
そのポリシー、開発の素晴らしさ、出来上がりの粋、言葉がありません。
とはいえ、通例その3つの内の1つがせいぜい、あるいは何にもないところから「ヒヨドリ落とし」、「桶狭間」の一点突破に知恵を見ようとする気持ちからは「むしろ妙味がない」ような気も致します。
ま、ⅰPodがなければブランドも今とはもちろん違っていた訳ですが・・・。
日本のPCのデザインに期待大、ということで。
大戦間の京都モダニズムに思いを馳せ・・・ [造形デザイン]

(2008年1月16日JR西日本車内にて筆者撮影)
JRの今冬の「京都ディスティネーションキャンペーン(行き先訴求)」の広告表現。
大戦間モダニズムのひとつであろうか、こんな障壁画は見たことがない。
もし、何らの解説もなければ、むしろ妙なもの。
で、この落ち着いた和服のご婦人は武者小路千家の家元夫人とのこと。
そうですか。
ま、他のいずれの地域、社会的お立場の方よりも、この絵のあり様を正当化しうるのがこの方の存在なのでしょう。
平成もあっという間の20年。
きっと昭和も盧溝橋からノモンハン、真珠湾から原爆まで、あっという間に「そのうち何とかなるんだろう」などと思っていたであろう、そんな20年だったことが今、平成20年で分かる気がするのです。

阪神間モダニズム―六甲山麓に花開いた文化、明治末期‐昭和15年の軌跡
- 作者: 兵庫県立近代美術館, 西宮市大谷記念美術館, 芦屋市谷崎潤一郎記念館, 谷崎潤一郎記念館=, 芦屋市立美術博物館, 「阪神間モダニズム」展実行委員会
- 出版社/メーカー: 淡交社
- 発売日: 1997/10
- メディア: -
軍事的な知識に多くの人々が欠けること。何だか突然「一等国」になって気分よく豊かに、リアリティを失った大戦間が、平成20年からまた違って相対化される大正期から昭和初期、という思いです。
「そのうち何とかなるんだろう」と思っていてはいけない訳で。
諸々思う「大戦間」時代。
Biomboとは屏風のことだそうです。 [造形デザイン]

(2007年11月24日大阪市営地下鉄新大阪駅にて筆者撮影)
BIOMBOとはポルトガル語、スペイン語で屏風のことだそうです。
だったら英語でもフランス語でも大丈夫なのでしょうか。
歴史的沈殿に基づいた言葉ですから。
詳しくは
http://osaka-art.info-museum.net/special019/biombo/spe_biombo.htm
お時間のある向きはどうぞ。
川崎市民ミュージアムのある関東、それがない他の地域 [造形デザイン]

(2007年11月14日東急東横線車内にて筆者撮影)
こうした「文化としての企業活動」や「アニメ」「ポスター」といったコンテンポラリー・アートがお得意の美術館が川崎市民ミュージアム。広告の企画展も度々ありました。
残念ながら他の地域にはこんな粋なものはありません。
ならば、やはり関東以外の方々は、東京旅行の際にはこうしたスポット、気に掛けましょうよ、と。
朝日新聞の夕刊TOPは中面への「リンク」の入り口 [造形デザイン]
ネットと紙の関係も「模索期」を経、暫定的ではあろうとも「均衡期」に入った感がしたのがこの朝日夕刊の「レイアウト」と「中身」。

(2007年10月25日朝日新聞夕刊から筆者撮影)
題字とトップニュースの間に入り込んだ「カラー写真」の不可思議さは、20世紀末の朝日新聞と比較するまでもなかろう。それがBeなる5面の「バナー」のような役割なのだ。Beなる色違いの特集への「注意喚起」「アイコン的に誘い」かつまた「ハイパーリンク」して、トップページに一部顔を出して、人の気持ちをやすやすと移動させようとするのはまさにネット文化の紙面デザインへの移入。
さらに、中身は「志村けん」という酒飲み道高段者の言う「焼き芋焼酎」なるマニアックな、つまりは非マス情報。この窓から顔を出すような志村さんの扱い方、やはりネット以前の新聞記事写真のお作法とは違うように思われます。話題の中身の「焼き芋焼酎」には惹かれるものがある。
で、私などはその後、この「焼き芋焼酎」を何軒かの酒屋で尋ね、店頭にはないことを悟り、楽天で入手して、ようやく味わえたのが昨夜。
旨かった。
もはやネットを前提とし、ネットを織り込んだ生活にあらゆるものが照らされ、相互に参照されて意味を持つ。そのようなことを象徴した図であると私はこの「志村さんの焼き芋焼酎話題」を思ったのでした。
普段見かけないこと、大きいこと [造形デザイン]


(2007年9月9日撮影者の許諾を得て掲載)
東急東横線代官山駅。
なぜここで日立マクセルの乾電池の広告か、定かな背景は存じませんが、注意は引くし何なんだろう、と思わせる。普段見かけない場所(柱を巻いた立体デザイン)に、大きい(電池という小さなものを大きくした形)こと、それだけで企画(企て)であることは分かります。
でも、なぜ代官山か。
オシャレな若い方々にマクセルブランドが活性化していない、ということなのでしょうか。
で、

(同上)
といったこれも何だか分からない語呂合わせ。
ま、面白い仕掛けであることは認めましょう。
デザイン変更でも「安心」しろとのことですが・・・ [造形デザイン]

(2007年7月4日大阪市営地下鉄西中島南方駅にて筆者撮影)
飲料の自動販売機に「異なるデザインの商品が出てくる場合がありますがご安心してお飲みください。」と張り紙がある。
仮に缶コーヒーならば、見本の缶デザインのものを飲みたくて、120円硬貨を入れてボタンを押す。その今まさに買おうとしている人に「見本と違うものが出ても」いぶからず「中身は同じ」ですから「ご安心」をと言いたいのでしょう。
ただ「口が裂けても『缶デザインが違っていても、中身は同じです』」などとは、メーカーとしてはいえないから「理由・論拠・対象」のあいまいな「安心」をただ言う。なぜ、いかに、何が「安心」なのか、は分からないまま、である。
今いぶかしく思う人は、120円投入後だから、もはや一回の購買は完了。いやなら飲まずに捨てても「120円は回収済み」なのだから、メーカーはその回の購買については困らないのだ。
でも、このままでは、その後、一体何が「安心」だったのだろうか、と考える人には「デザイン」とは何か、この会社がデザインをどう考えているのか、と考えさせることになる。
「その後も次回購入前にも、安心するためには、異なるデザインの商品をなぜ異なるデザインのボタンを押して出て平気なご商売をなさっているのか、その訳をお知らせください」、「見本と違うものが出ると不安です。」、「安心していい理由は何でしょうか。」、「缶デザインが違うと味が違うのだと信じていたらダメなのですね。」等とでもポストイットに書いて貼って差し上げたくなりました。
ま、「理由・論拠・対象」のあいまいな「安心」を言うのは、この国の選挙マニフェスト、政治家の公約ばかりではない、と。
論理的に考えて声を挙げないと、やはりこんな人を馬鹿にした言葉が(未来永劫)世の中からなくならないのだと思います。
小さい工夫にニッコリ [造形デザイン]

(2007年5月20日JR東海道線車内にて筆者撮影)
例のゼロカロリーのコーラの広告。
ひとつの見分け方は「銀色」。
この広告、覗き込んだらば「顔」が映りました。
なるほど、自分の顔を見てダイエット考えましょう、という工夫だったのですね。小さな工夫の楽しさに思わずニッコリ。でも、ありゃありゃ、相変わらずふくよか・・・。
で、思わずカメラしか写らないように(笑)、となりました。
風薫る駒沢公園 [造形デザイン]
雨が上がって、空気がいつもよりも澄んでいるからか、新緑が見事。
桜、紅葉と並んで1年でもっとも良いシーズンのひとつ。
オリンピックの再招致には、あまり賛成したくはないですが、1964年の先の東京大会の遺産は40年以上も経って、こんなに成熟しています。
「広告で」何とかした、28年目のロングセラー商品 [造形デザイン]





(2007年5月2日自宅テレビ画面から筆者撮影)
正確には「「広告で」何とかした」ではなく、未だ結果についての報道などに接していないから「「広告で」何とかしようとした」ロングセラー、ということになる。が、おそらく長年の「横ばい」、あるいは、28年間の中には缶コーヒー市場の爆発的拡大、ラテブーム(マウント・レーニア)、販路としてのCVS・自販機の拡大、スタバブランドのCVS商品化・・・等々と比較すれば、長年の「劣勢」が、この広告キャンペーンでV字回復を成したであろうことを既に予感させるCMである。
同社サイトで確認すれば別段佐藤雅彦氏でもない。ま、この手が彼の専売特許でもない。50年前から続く、懐かしアニメというひとつのCMジャンルなのである。
中身の変更など考えにくいし、仮にそれがあったとしても、消費者に意味のあることがどうかは疑問。今の味のファンが離れるかもしれないし、そもそもロングセラーブランドは現行ユーザーの「高い満足度」がそれを支えるから、いじり難い。
そう考えれば、中身は同じで、広告を変えるのは、一見安易なのだが、ひとつのこの手のロングセラーには常道的なブランド活性策、若返り策なのである。
ま、それはそれとして、コーヒーの刺激的な魅力にも、ミルクの癒し系の魅力にも、白黒つけないカフェオーレって、いうお話。
何言ってるんだ、もう混じってるのがお前だろう、などという突っ込みも、ほとんど意味のない世界ですね。
広告がお話である、というひとつのお話。








